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ティティ探偵の興味津々(パート2)

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今回は月島を歩きます。

 

月島

長年、江戸・東京の水上交通の大動脈であった隅田川は年々堆積

する土砂により船舶の航行が困難となり浚渫(しゅんせつ)が

必要となりました。

明治25年(1892)「東京湾澪浚(みおさらい)計画」に基づき

東京湾から浚渫した土砂を利用して埋立てた「月島1号埋立地

が現在の月島です。

島の名前は「築島」が「月島」になったと言われています。

また、東京湾内にあった「月の岬」という名所から名付け

られたという説もあります。

 

 

もんじゃ焼き

月島と言えば「もんじゃ焼き」と言われるほど有名です。

戦前からあった定番の具(紅ショウガ、桜エビ、切りイカ)の

入ったお好み焼きから変化したものと言われていますが、

江戸時代からある文字焼き(もんじやき)を起源とする説も

あります。

 

西仲通りは「もんじゃストリート」と呼ばれ通りの両側に

70軒以上のお店が並んでいます。

 

 

 

 

 

 

旧西仲通交番

弐番街と参番街の間の交差点に建っているのが

「旧西仲通交番」です。大正10年(1921)、

木造の簡易な交番で建てられましたが、大正12年(1923)の関東大震災後の大正15年1926)、

鉄筋コンクリート造りに改築され、東京に現存する

最も古い現役交番でしたが平成19年(2007)度末に

役目を終え、翌日の新年度から「西仲通地域安全

センター」となりました。 地域安全センターとは

警視庁の管轄で、警察官OBからなる「地域安全

サポーター」の方々が勤務し、地域の安全パトロール

を行います。

 

 

月島観音

参番街の通りから奥まったところにあります。

 

 

 

 

幕に記されている紋は「三つ葉立ち葵」で、これは本多(本田)

家の家紋であり長野の善光寺に観音像を祀った本田善光氏の

家紋でもあります。

月島観音は正式には「信州善光寺別院本誓殿 月島開運

観世音であることから信州善光寺と同じ三つ葉立ち葵が

記されていることが分かります。

 

 

奉安されている観音像は「一光三尊如来像」(一つの光背の前に

阿弥陀如来像を中心に向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩の

三尊を祀るもので善光寺式三尊仏と呼ばれています)と

開運観世音菩薩像」です。

 

 

月島の渡し跡

明治25年(1892)月島1号埋立地(現在の月島)の

完成と共に鈴木由三郎氏が始めた私設の有料渡船で

月島(現在の月島三丁目)と南飯田町(現在の築地

七丁目)とを繋いでいました。

明治期には工業地帯としての急速発展に伴う乗客の

増加に対応するため徹夜で運行したこともあった

そうですが勝鬨橋の完成により廃止となりました。

説明板は「わたし児童遊園」の中に建てられて

いますが、砂場を囲むネットの奥にあるため分かり

難いです。

 

 

 

 

 

 

月島川水門

隅田川から朝潮運河へ流れる月島川の隅田川側に設け

られた水門で昭和39年(1964)に完成しました。

高潮時や津波時には周りの住吉水門などと連携して

閉鎖され、この地域の住民の生命・財産を守ります。

 

 

 

 

 

つづく