その男は、社内で尊敬されていただけでなく、グループのオーナー社長にも重用されていました。
事業の方は決して上手くいっていたとは言えませんでしたが、社内では伝説の人扱い、社長からも囲い込まれたような状態で、最低限の仕事だけ与えられ、残りの時間は新しいサービスの開発でもしてくれと、本人にとっては段々と暇を持て余すような状況になりました。
仕事といえばネット広告をいじって、グループのサイトのSEOを行うぐらいで、外注も使いますので、彼の能力からすれば片手間、アルバイトのようなレベルの仕事でした。
社内には他に誰もインターネットに詳しい人間もおらず、社内であの人はすごいと言われるものの、突撃隊のような営業部隊にすごいと言われても「代表にすごいと言われているからすごい」というだけで、理解者もおらず、仕事もなく、かといって転職するわけでもなく、段々と孤立していきました。
そこに目を付けた人物が現れました。
この人物は後にグループの上場子会社の代表に就任し、横領で辞任、開示されることになるのですが(仮にI氏とする)、Iはこの男が才能の割に恵まれない立場で、半ば腐ったような状態にあることを利用し、「お前に活躍のチャンスを与えてやる。俺の言う通り会社作れ。俺はお前の才能を信じている。お前のために動いてやるから」と、彼はIに言われるがままに、後にマージンを中抜きする目的のトンネル会社でしか使われなかった箱を作るため、親会社に向けて「私が考えた新事業です。お金を出して下さい」と必死でプレゼンし、多額の資本金と箱を用意しました。
もちろんIはその男にチャンスを与えることもなく、せっかく作ってもらった会社も、ただトンネル会社として利用するのみでしたが、さすがに悪いと思ったのか、彼に対しても発注の形式を取り、SEOと広告管理で毎月200万円と、破格ではあるものの架空取引ではない形で、お金を流していました。彼も調子に乗ってしまったのか、隠したいと思ったのか、ペーパーカンパニーを複数作り、妻の会社にもお金を流していました。
しかしながら、このような悪巧みはいつかばれるものです。
発覚は内部告発なのか、監査なのかよくわかりませんが、大掛かりなキックバックと横領が発覚し、主犯のIは辞任、この男も被疑者として調査を受けることになりました。
この男は小心者でした。首謀者のIを守りながらも、自分のことについては包み隠さず喋りました。
広告やSEOの受託については、金額こそ高いものの、効果は出ていたので不正流出とまでは断定できませんでしたが、彼は貰いすぎだと感じ、不正に加担したのではと怯えていたようです。
そんな彼は、現在もいつ訴追を受けるのではないかと怯えながら暮らしているようです。
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もし彼に、世の中の情報を積極的に収集する能力や、閉じた世界だけではなく、複数の社外の人脈があればどうなっていたか、もし時代が違えば、クラウドサービス、スマホ、溢れんばかりの潤沢なVCの資金があれば、マザーズ上場の社長ぐらいにはなれていたのではないかと、彼の人生、どこで道を間違ったのだろうかと考えてしまいます。
もしくは、独特の文化を持ったオーナー系企業の社長の下で働いていると、それほどまでに思考力や判断力、行動力までも失わせるのだろうか、と。
最近のIPOを見ても、経営者の自意識や承認欲求だけは強いものの、中身も業績も乏しい新興の上場企業と、反対に彼のように、技術や知恵はあったのに、自信も行動力もなく、何者にもなれなかった人を比べてしまい、人生って難しいと、そう考えてしまうのでした。
