「日本の労働生産性は低い」

近年、このような報道をよく耳にします。

 

これに関して、私は不思議に思うことがありました。

 

日本の労働生産性がアメリカやドイツに劣後するというのは、まぁ納得できます。

しかし、イタリアやスペインにまで負けているのは納得がいきません。

だって、イタリアやスペインに「勤勉」なイメージがないじゃないですか(ごめんなさい...)。

 

ということで、労働生産性についてちょっと調べてみました。

 

この記事は、その調査結果の備忘録です。

 

生産性とは

 

まず、労働生産性とは何でしょうか。

 

日本生産性本部のサイトには、次のような記載があります。

 

生産性とは、あるモノをつくるにあたり、生産諸要素がどれだけ効果的に使われたかということであって、それを割合で示したものが生産性ということになります。〔中略〕こうした生産性の種類の中で最もよく用いられるのが労働の視点からみた生産性、すなわち労働生産性です。

 

 

ここから分かるのは

  1. どれだけ効率的に生産しているのかを表している指標が生産性
  2. 生産性のなかでもよく利用されるのが労働生産性

ということです。

ふむ。

 

労働生産性の計算方法

労働生産性にもいくつかの種類があるそうです。

 

一般に、国ごとの労働生産性を比較するときには、付加価値労働生産性を用います。

近年よく耳にする「労働生産性」も、多くはこの「付加価値労働生産性」を指しています。

 

付加価値労働生産性は、

 付加価値労働生産性=付加価値総額/労働量

と言う式で表されます。

 

右辺について、詳しく見てみましょう。

 

付加価値総額の項には、GDPが代入されるのが一般的です。

労働量の項には、就業者数が代入されるのが一般的です。

 

すなわち、

 付加価値労働生産性=GDP/就業者数

となり、就業者数当たりの付加価値労働生産性を表します。

 

あるいは、労働量の項に「就業者数×労働時間」が代入されることもあります。

 

こちらは、

 付加価値労働生産性=GDP/(就業者数×労働時間)

となり、時間当たりの付加価値労働生産性を表します。

 

労働生産性という指標の危うさ

この付加価値労働生産性という指標。

便利なのですが、少々「危うい」点もあるようです。

 

大きく4つの点に関して、順番に見ていきましょう。

 

1.タックスヘイブン

タックスヘイブン(租税回避地)は、その名の通り法人税などの税率が低く設定されています。

この低税率を目当てに、多くの企業が名目上の本社を設立します。

結果的に数値上のGDPの値は大きくなり、それに伴って労働生産性の数値も大きくなります。

例:ルクセンブルク、アイルランド

 

2.昼夜間の人口移動

GDPは基本的に昼間の生産活動により形成されます。

この生産活動に従事しているのは昼間人口です。

一方で、各国の人口は国民の居住地を基準に集計されています。

要するに夜間人口です。

 

つまり、昼夜間人口比率が昼間人口過多の場合、労働生産性は大きくなります。

したがって、移動の自由が保障されているEU、特に人口の少ない小国の労働生産性は高くなる傾向にあります。

例:ルクセンブルク、スイス

 

3.業種による差異

業種によっても労働生産性が異なります。

不動産業、金融業、電気・ガス・水道業、情報通信業などは資本集約的、あるいは生み出す付加価値が高いため、労働生産性が高くなりやすいです。

サービス業など労働集約型の産業は、労働生産性が低くなります。

例:ルクセンブルク、アイルランド、スイス

 

4.労働者保護の強弱

労働生産性は、

 労働生産性=GDP/就業者数

で表されることは確認しました。

 

ということは、分母の就業者数が減った場合も労働生産性が増えるはずです。

そう、解雇規制などの労働者保護が弱い国の労働生産性も高くなります。

「労働生産性が高いこと」と「失業率が高いこと」は両立し得るのです。

あるいは、失業者ですらない人びと、すなわち求職をしていない人々が多い国も労働生産性が高くなります。

例:アメリカ、イタリア、スペイン

 

以上の4点から分かるのは、「高い労働生産性を装うことが出来る」ということです。

移動の自由が保障された地域に立地する人口の少ないミニ国家が、法人税を0%にし、世界中から金融業の名目上の本社を集め、極限まで労働者の数を切り詰める(=解雇する)。

こうすれば、労働生産性は限りなく高まります。

 

しかし、本当にそれでよいのでしょうか?

 

労働生産性という指標の使い方

「日本の労働生産は低い」と言った場合、何と比べて低いのでしょうか。

 

そもそも比較という行為は、「似たモノ」同士を比べるから意味があるのです。

 

例えば体重。

同じ人間という種族の、同じ性別の、同じ年齢の人と比べるから意味があるのです(私の体重とあなたの体重)。

あるいは、ある1人の人物の違う時点のもの比べるから意味があるのです(昨日の体重と今日の体重)。

 

このように、似たもの同士を比べて、それでもなお存在する差異に着目するからこそ、「比較」という行為が意味を持つのです。

 

ひるがえって、労働生産性はどうでしょうか?

 

確かに労働生産性という「同じ指標」を比べることで、国同士の労働生産性の高低を比べることが出来ます。

しかし、この「国単位で」って言うのが曲者です。

 

なぜなら、各国の労働に関する条件は決して「同じ」ではないからです。

 

例えばルクセンブルク。

ヨーロッパの中央部に位置する、人口60万人の小国です。

タックスヘイブンとして知られており、多国籍企業の名目上の本社が集積しています。

EUに加盟しており、多くの国境を越えた通勤者を擁します。

金融業や情報通信業が主要産業です。

 

このような国と日本とを比較して、「日本の労働生産性は低い」と主張することに何の意味があるのでしょうか?

そう、前提となる条件が違いすぎるのです。

前提条件が大きく違うもの同士を比較したところで、得られる結果の有用性は低いでしょう。

 

 

おわりに

以上、「労働生産性とは何か」について書いてきました。

労働生産性は分かりやすい指標である一方、「危うさ」を内包していることが分かりました。

 

データや統計といった「数字」は強力です。

であるからこそ、そのデータは何を基にしているのかといった点には注意を払う必要があります。

それを再認識した調査でした。

おしまい。