今日は76回目の「終戦の日」

私は、
カメラマン・ノンフィクションライターでNPO法人「零戦の会」会長の神立 尚紀さんの本を読ませていただいたことがきっかけで、

「零戦の会」に何度か参加させていただいていました。(写真は2016年頃)

そこで私に、いつも優しくお話をしてくださったのは長田利平さん。(お写真の方です)

長田さんは
特攻隊として4度出撃し、
生還されました。

「爆弾を抱えて出撃したけど、
機体の調子が悪く、途中で引き返したんだよ。
自分と一緒に出撃した2機は帰還しなかったんだよ。
自分も機体の調子が悪くなかったら、その時に死んでいたと思う。」

また違うと時は

「後ろから撃墜されてしまい
機体がクルクル回って何が何だかわからなくなってしまった。
もうダメだ!と思ったときに
女親のことを思い出して
なんとか持ち直してみようと試みたんだよ。
そしたら、不思議なもので、持ち直せて帰還できたんだよ。
でもね、着陸をして自分の機体を見てみたら
左翼はなくなっていたし、
機体も穴だらけだったんだよ。
よく帰ってこれたなーと
自分でも思ったよ。」

などと、お話をしてくださいました。

そんな長田さんも
「特攻に行くのは嫌だったよー
空戦で死ぬならいいけど、
特攻はね、、、
プライドが許さなかった。だから自分からは手を上げなかったんだよ。」

ともお話をしてくださいました。

さらにある時は、
「戦地で綺麗な海を見ていると、どうして海はこんなに綺麗なのに、人間同士で殺し合わなきゃいけないんだろうって思っていたよ。」
と、話してくださいました。

また、
元搭乗員の大石さんからもお話を沢山聞かせていただいたのですが、

「特攻は嫌だったね
喜んで行った人なんていなかったよー
でもね、本音を言える時代じゃなかったからね。」

と、おっしゃっていました。

また、
「零戦とか、特攻隊、っていうと、伝説みたいになってるでしょー
でも、伝説じゃないんだよね。伝説にはしてほしくないんだよね。」

ともお話ししてくださいました。

とても考えさせられる言葉ばかり。
自分が見聞きしていた戦争の歴史と、実際に戦地に行かれて戦っていた方の本当の心の中は違う面もあるのだと教えていただきました。

戦後76年が経ち、
ご存命の戦争経験者の方たちは少なくなってきてしまいました。

でも、2度と同じことを繰り返さない為にも、
戦争の記憶は風化させてはいけないと思います。

私が長田さんや大石さんからしていただいたお話を
是非、皆さんに知っていただいて後世に残して欲しいです。

皆さん、私の大好きなおじいちゃんと変わらない素敵な方たちばかりでした。

そんな自分のおじいちゃんと変わらない方たちが、
1つしかない命をかけて、守ってくださったのが、
私たちの命に繋がっています。

私のおじいちゃんも戦場にいっていました。
おじいちゃんが戦死をしていたら、私の母も私も私の家族も生まれていません。

命はそうやって繋がっていることを、改めて感謝して
しっかり心に刻んでいきたいですね。

#戦争 
#零戦 
#特攻隊