JFN YAJIKITA on the road のロケで

鹿児島の鹿屋を訪れました。

ここは、12月21日に公開となる映画「永遠の0」のあるシーンの場所があるのですが、

実際に第二次世界大戦中には

海軍基地があり、多くの特攻隊が飛び立った場所です。


特別攻撃隊の基地として使用されていた串良海軍航空基地跡に建つ慰霊塔


今回は鹿屋市役所広報の田嶋さんがとても丁寧で親切に案内をしてくださいました。





鹿児島の方たちの優しさに心を温めてもらいながらも

私の目に入ってきたのは
どれも辛いものばかりでした。


こちらは串良海軍航空基地地下壕電信指令室

特攻隊の方たちが「敵艦に突入する」という最後の通信が送られてきて、

それが途絶えたときに、その方が突入した。とわかった場所です。

地下にあったこともあり、当時のままで残っていました。





胸がいっぱいになり、言葉が出てきませんでした。

今は何もありませんでしたが、

特攻隊の方たちの声にならない気持ちが
沢山詰まっているようでした。

特攻隊の方たちが辛かったのはもちろんですが、その通信を受けていた方たちも辛かったと思います。

そしてここは桜花に乗る特攻隊員たちが、
出発前にいた所です


今はとても、のどかな場所で、
ここにそんなに辛い過去があるとはおもえません。

桜花とは大型の爆弾を搭載した小型の特攻兵器で、
着陸できるようにつくられていません。

人間が乗って操縦する爆弾ということです。

55名の隊員が亡くなったということですが、

実は桜花は自分で敵艦まで飛んでいくことはできません。


敵艦の近くまでは一式陸攻攻撃機で運んでいくのです。

一式陸攻はアメリカ軍からはワンショットライターと呼ばれていて
一撃で火を吹いて墜落してしまう様な攻撃機でした。
ここに搭乗していた人は7人。

桜花は、一式陸攻から切り離される前に撃墜されてしまったことが多かったということなので、

桜花で55人の方が亡くなったと言われていますが、
一式陸攻に乗っていた方もいれると、
400人以上の方たちが亡くなっている、というのが現実です。




そして、桜花の作戦は
ほぼ、成功はしなかったそうです。




詳しく聞けば聞くほど辛くなるのが
第二次世界大戦。

胸がいっぱいになりますし、
気持ちも暗くなります。

なかなか言葉もでてきません。

終始、頭痛がしていました。


でも、

2度と戦争をしないようにするためには

どれだけ、悲惨なものだったのか、
辛く悲しいものなのか、


戦争を知らない私たちは

とことん、知らなければならないと思います。





YAJIKITA on the road では

映画「永遠の0」公開直前企画

「零戦パイロットの真実」と題して
12月14日に放送になります。

是非、聴いてくださいね!

放送後はYAJIKITAのホームページからも聴けます!


次のブログでは鹿屋航空基地資料館をご紹介します。

こちらも是非、読んでください。




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