この間 座談会があり、そこで激論が交わされました。
唱題の時の心の持ち方。。
「四座の御祈念の時に もう御祈念は終えてるので、唱題する時は
何も考えなくてよい」
「命を磨く唱題。 心を磨く唱題。」
私も この言葉が大好きです。
この言葉にひかれて入られた方もいらっしゃいますが、実は昨年から
信心に対してぶれてた・・と告白されました。
それは 心や命を磨く唱題とは目に見えるものではないので
わかりづらいようなのです。
そこで 私は 「人のための唱題はいいのではないでしょうか」
と言いました。
これは 自分の体験からです。 私は 「○○さんが入信できますように。」と 必死に唱題して何人か入信に導くことができました。
これは 必死の唱題によって 御本尊様に対して集中するからだと思います。
無心 って結構上級者だと思うのです。 ぼーっと見て唱題するのを無心とは言いません。
家族を入信させたい方もいるでしょう。ぜひ家族のために唱題して欲しいです。
難しいことは 言わなくても 御本尊様はお分かりです。
たくさんの唱題をした結果、ほかの人を導くことができた。
このことは ますます御本尊様の力を知り、ますます信力が増します。
目に見える結果は大変わかりやすいのです。
他の人を導く唱題・・・命を磨く唱題は きちんとそれでできているように思うのです。
人の為に唱題をするって尊いように思います。
入信されてまもない方がいらしたら やはり 一緒に結果を出してあげる唱題を
共にすることが大事だなあと とても勉強になりました。