新洋画会展をのぞいて。

きのう、ぼくは勤務を休んで、上野の東京都美術館に行った。

新洋画会展があり、この日、高橋俊景画伯に誘われていたからだった。そこにあつまった人は６人。みんなでＵ女史の絵を見るためにやってきたのだが、会場に入って真っ先に目のなかに飛び込んできたのは、特大の絵だった。一瞬、なつかしい感情がパーッと湧いてきた。

それは、今回の第３９回展で、文部科学大臣賞にかがやいた太田英博先生の絵だった。先生の絵は、たくさん見てきたが、いつも特大の絵を描かれ、いつもいつも躍動感あふれる絵を描かれる。絵をじっと見つめていたら、人があつまってきた。

すると、ある女性と目が合った。ふたりともじっと見つめ合っていた。そして小首をかしげたら、向こうも小首をかしげ、「あーら！　しばらくです」と彼女はいった。山手渓子さんだ。

ぼくにはなつかしい人だ。目白にギャラリーを持っておられたころ、彼女にお目にかかっている。

山手渓子さん。

残暑お見舞い申し上げます。

連日猛暑日がつづいていて、北海道生まれのぼくは、やっと生きているようなありさまです。早く秋にならないかと思って過ごしています。

山手渓子さんは、いかがお過ごしでしょうか？　お変わりございませんか？

先日は、えらくお世話になりました。ぼくのカメラが故障し、お借りしたカメラで撮ることができました。ありがとうございます。

近ごろは暑いので、日中はあまり外に出ないで、勤務が終わった夕方から、少し散歩をして、それから近くの喫茶店に入り、コーヒーを飲みながら本などを読みます。先日、妻と軽井沢に遊びに行きましたが、人ごみのなかを歩いただけです。気温は草加よりぐーんと低く感じられて、快適でしたが、帰れば、この暑さ。――

９９歳になる札幌にいる父が、食欲を失って入院したという知らせがありました。札幌も暑かったそうです。意識は明瞭で、まだ生きるつもりのようです。

涼しくなりましたら、またお目にかかりたいと思っております。暑中、おからだをいたわって、お仕事にお励みください。

平成２４年８月２３日

――それ以来のごぶさただった。

太田英博画伯「リハーサル」。文部科学大臣賞を受賞。

そうこうしていると、太田英博先生と出会った。先生は昭和２５年生まれ、６７歳。ぼくよりもずっと若い。大手広告代理店を経て絵を描かれるようになったそうだ。広告代理店といえば、じぶんもまたそうだ。話が合うというわけで、かなりながいあいだ、１９８０年代のむかしの話をした。

「そういうむかしの話のできる人が、いなくなりましたよ」と先生はいった。

ぼくが直接先生の絵の指導を受けたのは、Ｕ女史に誘われて、新宿のアトリエで、ヌードデッサンをしていたときだった。全裸のモデルさんが目の前に横たわり、それを描こうというわけである。ぼくはしょうしょう面食らった。会場ではぼくは、Ｕ女史の指導を受けた。

「田中さん、描いたら？」と彼女はいった。ぼくはおそらく、ぽかーんとしてモデルさんをながめていたのだろう。ぼくはヌード写真をいろいろ撮っていたので、絵もおなじだろうと勝手におもっていた。ところがちがった。

左が太田英博画伯。

じぶんの位置から見るモデルさんは、手前に膝を折って片脚をあげたようなポーズだ。頭が遠いところにある。どう見ても絵にならなかった。真っ白い画用紙の前で迷っていたら、後ろから声がかかった。それが太田英博先生だった。

先生は小声で、そういうときは、女性の胸から上の部分を描くといいですよ、といってくれた。なーるほど！　それなら絵になりそうだ。まことに適切な助言だった。――そのことを想いだした。

♪

Ｕ女史の「プロファイル・ロックス　1702」。

Ｕ女史の「プロファイル・ロックス」というタイトルの絵、ぼくにはわからなかった。先年彼女は、内閣総理大臣賞を受賞している。あのときの絵はわかるぞ！　とおもった。

会場を出てから東京芸大のキャンパスの中のレストランに入った。そこでみんなとわいわいおしゃべりし、途中で、画伯と抜け出し、たばこの吸える場所に移動した。そこにいた大学生とおしゃべりした。林菜穂さんという油彩画の４年生だった。電通の仕事で、一枚絵を描いたことがあるといっていた。くわしいことはわからないが、コマーシャルの１コマのようだといった。彼女は、そのコマーシャルを見ていないという。

「ギャラはいただいたの？」

「はい、いただきました」と彼女はいった。そして、大学院に入りたいともいった。卒業記念の展示会が来年１月に東京都美術館で開催される、という話を聞いた。見にいきます、とぼくは答えた。ぼくは画伯のまえだったが、余計な話をした。「チャンスをつかめ！」、まあ、そういう話である。

彼女は、人見知りをする、といっていた。その割には、初対面のぼくらと平気でおしゃべりした。ぼくは７５歳だというと、ききもしないのに、彼女は「わたしは２５です」といった。彼女の目はかがやいていた。

彼女の顔を見つめていたら、彼女の顔から遠いところに野積みしている大きな丸太が見えた。たずねると、彫刻に使うらしいという。

そういえば、６月に、草加のマンションの裏庭にあるサクラの木を伐り落とす。太い枝が、隣家の庭先の真上に延びている。それをクレーン車に乗って伐ってもらう計画がある。

「サクラ伐るバカ、梅切らぬバカ。これ、知ってますか？」

「いいえ」

「６月、ぼくはバカになります」というと、彼女は、

「ははははっ」と笑った。

伐ったサクラの切り口に墨汁を塗っておけばいいという話を、空師から聴いたことがある。きのうは愉快な一日だった。途中、雨が降ったが、新緑の季節、芸大キャンパスのなかはもう夏だった。