【ニューヨーク=堀田隆文、ワシントン=飛田臨太郎】米政府は20日、2027年から適用する自動車の環境規制を発表した。電気自動車(EV)の急速な普及を事実上義務付けた素案を緩和し、自動車メーカーに数年の猶予を与えた。11月に大統領選が迫るなか、バイデン政権はEV事業の拡大に苦しむ自動車労使への配慮を迫られた。米環境保護局(EPA)が20日に27〜32年の排出ガス規制の最終案を発表した。規制は温暖化ガスの排出削減を目指し、二酸化炭素(CO2)や大気汚染物質の排出基準を設ける。メーカーはEVの販売を増やすほど基準を達成しやすくなるため、バイデン政権はガソリン車からの転換を求める基盤に規制を利用している。素案は23年4月に公表していた。最終案では32年にCO2を半減する最終目標は変えなかったが、途中の27〜29年の3カ年のCO2排出基準を緩めた。さらに規制を達成するために、メーカー各社がEVだけでなく、プラグインハイブリッド車(PHV)とハイブリッド車(HV)の導入を進めていくことを事実上認めた。EPAは素案では、2032年時点で乗用車の67%をEVとする見通しを示していた。今回、これを最大56%に緩め、代わりにPHVを13%、HVを3%とするシナリオを提示した。EV普及が低いシナリオではEVを35%、PHVを36%、HVを13%とする構成でも基準を達成できると説明した。バイデン政権による軌道修正の背景は、11月の大統領選だ。EV推進は政権の気候変動対策の主軸だったが、米ゼネラルモーターズ(GM)など米自動車大手「ビッグ3」を中心に、メーカー各社はEV拡大に苦戦している。充電インフラ整備や生産投資の負担が重いなかでEV市場の減速に直面し、規制の緩和を訴えていた。急速なEV普及目標は、全米自動車労組(UAW)や自動車ディーラーも修正を求め、うねりは業界ぐるみとなっていた。自動車業界は多数の雇用を抱え、UAWだけでも40万人の組合員を持つ「票田」だ。ビッグ3やUAWが本拠とする米中西部は多くの激戦州を抱え、大統領選そのものの結果も左右しかねない。共和党のトランプ前大統領はバイデン政権のEV政策を否定し、環境規制を撤廃すると訴えている。バイデン氏は自動車業界に秋波を送る必要に迫られていた。UAWは20日、「EPAは排ガス規制の最終案で大きな前進を遂げた。ガソリン車をつくる労働者を保護しながら、より実現が可能な規則を作成した」と今回の緩和を歓迎するコメントを出した。今回の修正の理由には、もちろん、想定よりもEVの普及ペースが鈍化している市況がある。米調査会社コックスオートモーティブによると、23年10〜12月の米EV販売台数は前年同期比40%増で、同7〜9月から伸び率が10ポイント下がった。EVは電池コストがなお高く、各社は収益化に苦戦している。急速なEV化が負担になってきた自動車メーカーにとって、今回の決定は事業戦略を見直す契機になる。だが、メーカーによって「恩恵」は温度差がありそうだ。トヨタ自動車は20日に「二酸化炭素排出量を削減する最善の方法はEVやPHV、HV、低燃費ガソリン車などさまざまな選択肢を提供することだと考えている」との声明を出した。HVやPHVが強い日本車メーカーには追い風になる。EVに力を入れながらも、HVへの目配せしていた米フォードモーターも同様だ。一方、EVに特化してきたGMは商品の組み替えが必要になる。同社は直近に急きょ、PHVを展開すると決めたばかりだ。EV専業には逆風になる。米最大手テスラは今回の最終案を巡って、厳しい規制の継続を求めていた。EV新興は経営戦略の変更を迫られかねない。米フィスカーは2月以降、経営破綻の懸念が高まっている。