今日は最近出会った人との会話で思ったことです。
ラジオの放送作家さん。。。
名前はお伝えできませんが、有名人らしいです。
その放送作家さんが言うのには、ラジオの人間の方が面白い
ことを考えられると言ってました。視覚が無い分、強烈なインパクトの企画で無い
とイメージを付けづらいらしいです。
確かに、ラジオと言うと受験勉強・営業中に聞いてました。
当時はラジオは映像が見えないから、テレビの方が面白いと思っていた自分
がいました。これは、自分の想像力が乏しく、視覚から入るモノのみの感覚を
信じていたからだと思います。
一応、これはテレビの力へ不平を言うものではありません。
視覚から感じる現実を実感した後、聴覚から入る想像力を感じると
また、新たな感覚になります。実は、これってブラインドの世界に住む人びと
との感覚に近いと思います。彼らは、僕ら以上に苦労をしている反面、僕らでは
想像出来ないことができるのだと思います。
現代は技術が進歩しすぎ、映像もさらに進化をし3Dの世界に入っております。
3Dの先にあるものって?
体に電流を流して、触覚をなんてね。
全てが見えることは幸せなことではありますが、たまには、ラジオを聞いて想像力を
使うことも大事かなと思いました。
昨日、従弟と立ち飲みしてきました。
この従弟、45歳のグラフィッククリエイターさん。
それはさておき、この従弟、いまだに携帯が嫌いな人間で、要約1年前に携帯を
会社から支給されたのを使っている状況で、受信ししかできない人間なんです。
この彼との待ち合わせ。
PCメールで場所を決め、いざ待ち合わせ。
10分が過ぎても、20分が過ぎても、会えず。
携帯から、PCメールへ飛ばして、転送で連絡。
結果。相手が誤っていて40分後に再開。
確かに、現代人は場所・時間をアバウトにしていても、すぐにつながる携帯があるがために
こんな苦労をしないんだろうなと思いました。昔はこの無駄な時間も、相手の顔を思い出すのと
場所の確認をしたりと思っている以上に脳を使っていました。これを無駄と考えるか、そうでない
と考えるかは、個人的な考えですが、少なくとも今の自分は後者かなと思います。
それはさておき、渋谷の立ち飲み屋で、渋谷では珍しい新橋風の立ち飲みです。
たぶん30年くらい。
場所はアートスポーツの前の地下。入りづらいですが是非是非
やはし、立ち飲みと言えばホッピーということでホッピーで乾杯。
よだんでマラソンと同じくらい、不景気ということもあり、
日本では立ち飲みが流行っております。昔(5年くらい前)は立ち飲み=サラリーマンおやじ
のイメージがありましたが、今は若い人から、アパレル関係までいろいろな人種の人でいっぱい
でした。けど、客層が変わっても、定員のタイドや店の雰囲気は変わらないのがこれが
軸がぶれないことなのかなとおもいましました。
いろいろ、お互い親のことや、自分の夢のことや、いろいろと話をし
2時間で二人で3000円で泥酔。
たまには、こんなのもありかなてな感じです。。