僕は1962年(昭和37年)生まれ。
10年一昔という言葉が
あり、最近も使われて
いるのだろうか … ?
個人的には 現在の地球
のアセンションの扉が
開く(2012年頃なのかな?)
その前から、時代の変化
変革 人々の感覚や新しい
生命(魂)の誕生など ・・
あらゆるものが、 グローバル
というより宇宙レベルで
スピード アップして来たんだ
と感じています。
(エラソーに書いているけど
つい最近そう感じた(^.^))
その事は ここのところ
いつも 事ある毎に意識
していて、何気に自分の
思想を こうしてブログで
語る際に い・ち・お・う
考える。
何故かというと どうしても
ジェネレーション・ギャップ
は生じるから。
僕は 今56歳で 少し前に
投稿した「地球も苦しんでいる …」
の冒頭に記した 通り 亡くなった
僕の父が北海道の人間なので
北海道に産まれました。
僕は 今でも父方のおじいちゃん
を敬愛していて、スピリチュアル
の勉強を始めた頃に1番嬉しかった
のが、魂は死なず その魂の故郷
に還った時に お互いの想念が
合致すれば、そのステージが
違っていても 逢えるという事
を知ったことです。
だから 決して誤解されたく
はないのですが、必ず時代背景
と それに伴う思想があり この
恒川のおじいちゃんは 戦争という
激動を生き 昭和天皇を崇拝した
方で大変に厳しい人だった。
この時代の人は多くは
そういう思想・思考を
持っていて 長いタイムラグ
を経て 戦争の愚かさを知る
が ジェネレーション・ギャップ
という表現を用いるときに
分かりやすいと思う。
僕は このおじいちゃんに
親以上に、愛され 教育を受けた。
おじいちゃんは国から
戴いた勲章をいくつも
持っていて、事ある毎に
僕に見せてくれた。
実際に町の名士だったので
亡くなった際には 町葬 が
執り行われた。
僕は6歳までしか北海道に
いなかったが、幼い頃の
おじいちゃんとの記憶は
自分でも驚くほどに覚えている。
なにせ 幼児なのに正座
で食事させられていたし
ご飯粒を一粒でも残すと
本当に食事抜きにされた。
(教育というポーズ?ちゃんと
おばあちゃんが食べさせてくれる)
今 気づいたけど 二つ下の
弟が産まれる前から おじいちゃん
の方、父の実家にいた。
この頃が人生で1番幸せだった。
この厳しくも敬愛する
おじいちゃんが 幼い僕に
言った言葉の中で 特に
心に残り 実践したのが
「ともひろ。 男は絶対に
人前で涙を見せるな。」
「痛くても 苦しくても
男のくせに ぴー ぴー
泣くな!」
「どうしょうもなかったら
布団の中で一人で泣け。」
小学校に上がる際に
一足先に福島県に行って
いた母と弟の所に行く時の
おじいちゃんとの記憶が無い。
おばあちゃんとのやり取り
記憶のみで、不思議だったが
おじいちゃんは別れが
哀しくて 泣いていたんだと思う。
そういう事があり
これを つい最近まで
頑なに守っていた。
後年は 自分で泣いたとか
言葉でいうのも憚っていた。
おじいちゃんの教えたかった
ことは 人に優しくあれ
強くあれ という事だと
自然に心に染みていた。
これを読んだ ジェネレーション
ギャップがある人は どう思う
のだろう ・・❓
今ね 僕は嬉しいんです。
もう 時代は地球のアセンション
に来ていて、喜怒哀楽の感情に
蓋をすることなく 自分を表現し
そのアセンションの最中
仲間たちに出逢い 互いの
弱さも 長所も認め合い
感動の涙を流しています。
おじいちゃんもわかって
くれていると想います。
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