静かに暮らす
24時間テレビでマラソンしてたが、何の目的なのか?
募金活動の為だとしても、24時間テレビは、海外のチャリティと違い、スポンサーには広告料を貰い、出演者には高額なギャランティが発生する。
さすがに募金をギャランティに回す事はないだろうが、海外ならかかわる者全てボランティアで無給。
スポンサーの広告料も募金に出す。
募金の総額、番組製作の経費全てを公開するのが基本。
番組の内容も、難病や障害を持つ者の人生を物語に仕立て、見るものに感動を強要する。
感動ポルノと揶揄され、海外のチャリティ番組でも批判される様だ。
何に対してのチャリティ活動なのか?
俺が子供の頃は身体障害の方達への支援が、今ほど行き届いていなかった様に思う。
行政も支援は行っていたが、社会全体では理解も共感もなかったと。
あの頃、24時間テレビを行い募金を募り、恵まれない人達への支援の輪を広げる活動は、とても有意義で社会にインパクトを与えた。
それから社会は、ボランティアや社会貢献の意義の価値を、世の中に浸透させていき、例えば身体障害の就労支援など、積極的に行ってきた。
40年を越える時が過ぎ、生活の一部に社会貢献は組み込まれていて、行政の支援も拡充されて、今さらテレビ番組で大大的に、恵まれない人達にと恩着せがましくチャリティ活動なんてしなくても良い。
テレビ番組で丸1日使って、タレントを走らせて、コーナーとコーナーとの間を繋がせ、視聴率を維持させようとする魂胆。
もう先駆者としての番組の役割も終わってる。
もしやりたいなら募金は募らず、参加型のボランティア支援番組にすべき。
とまれ、何もやらないよりは良いのかも知れない。
感動ポルノと揶揄したのは、障害者達らしく、お涙頂戴にしては欲しくないと。
NHKでやたらと障害者の出演するまたはテーマにした番組が多い。
その番組の出演者が感動ポルノと憤慨していたと。
番組を同じ括りにされたくなかったのだろうか?
どちらにせよ、テレビ番組で障害者支援や認知活動は、一定の成果を残したのだから、次のテーマの自立支援に重きを置いて、感動ポルノと揶揄するならば、他人に頼らない生活を送る努力を見せて欲しい。
1億円当たったら、障害者支援の利権の不正を暴く活動をしてやる。
障害者自身も過剰受給かどうかを検証してやる。
甘えてる不届き者を叩きのめすのに使う事にする
