一年前の私はコミュニケーション教室に通っていた。

なぜかというと私はおとなしい性格で、それで損をしていることも沢山あるなと前々から気づいていたからだ。

話が上手いほうが今後の私のためにもプラスになる、そう思って始めただけなのに、それが大きな仇となった。

私がちょうどその頃やった手術2年後の心理検査と掛け合わせて考えたのだろう。

上手く話もできないコミュニケーションに難がある人に急になってしまったのだ。

その時の職場の人たちの急に変化した私への話し方には物凄くびっくりしたし、私の心情も普通では居られなかった。

あたかも障害をもっているかの人に話すような話し方に変わったのだ。

それは職場だけではなく子供の保育園もほかもそうだった。

でもこれだけは言わせてほしい。

私は確かにコミュニケーション教室に通っていたけど、ここはあくまで本当に向上心のある一般の社会人が通っていたところだったんだよ。

出版業者の人や都庁で働く人、消防士や海外出張が沢山ある管理職の人など。

私は自分が何でも要領がよく動けるタイプの人間ではないのが分かっていた。

だから人よりできるようになるのに時間がかかる。
でも時間がかかるだけでどれも普通にこなせるようになる。

それが分かっていたからやっていただけだった。

それが急にコミュニケーション難の人になり、職場の私の席のとなりに心理検査士のような人をつけるようになったときは大きくたまげた。

普通では居られなかった。

今まで職場に昼食のときは放送委員会の音楽が入るのに、それが入らなくなっていたのも私の会話チェックだって気づいていたよ。

だから余計、偏見に苦しすぎて会話もおかしくなった。

でも世の中沢山しゃべる人ばかりじゃないんだよ。

てんかんだってバカにされるけど、
そうじゃないんだよ。

いつしかそれが分かってくれる社会になりますように。