マネージャーをしていたとき
私の場所は常にみんなの側でした。


どんな練習でも常に部員が見える場所にいるようにしていました。
というよりも
常に部員が見える場所にいたかっただけですが…


わざわざグラウンドでする必要ないだろうって作業もグラウンドでしたり

ロードにも自転車に乗ってついていったり

室内練習のときにもついていって
部員の観察をしたり
道具整備したり
タイム測ったり
脱ぎ散らかされた服をたたんだり
何か自分に出来ることを探してやっていました。


休んでもいいって言われた自主練にも
倉庫の掃除や草取り,ボールの補修などしにグラウンドに出てました。

すると,たまにボール投げてとお願いされたり
ノックのボールわたしをお願いされたり
マシンのボール入れをお願いされたり…




マネージャーをしていて
一番何をすればいいのか困ったのが実践練習でした。


マネージャーとしての仕事は特にないからマネージャーはいらないんですが

私はバット引きといった,試合では補欠選手がするようなことや

ファールなどでボールがなくなった時にマウンドにボール入れたり

ホームベースの砂をはらったり
といろいろしてました。

本当はマネージャーがすべきことじゃなかったのかもしれません…

自分でも
私がこれをするのは間違ってるんじゃないか
マネージャーが部員みたいな行動とっていいのだろうか
でしゃばりすぎなんじゃないか
と思ってはいました。


でも,みんなが野球している姿を見ていたかったし,私も練習に何かしら参加していたかったんです。


本当は打率の集計やお守り作りなど
しないといけないことはたくさんありました。

でも,それは自分一人の作業だから,家でもできます。
だから,出来るだけ練習とは直接関係しないことは家でするようにしてました。


打率集計やお守り作りは
部活の時間にしようと思えば
できることだったけど

家に持ち帰って自分の時間を削ることになってでも

部活中はみんなの側で野球を一緒にしていたかったんです。



練習とは直接関係してない大切な仕事もたくさんあるし
部員の側ですることだけが
マネージャーの仕事だと思ってはいないけど

出来る限り部員の側にいるということは大事だと私は思います。



私は常にみんなの側にいたかった。
それは

部員を常に見ていることで
怪我にもすぐに対応出来るし
部員のちょっとした変化にも気付くことが出来るってこともあるけど

何よりも
部員と同じ時間を過ごすということが
私には一番大切なことだったんです。



前回,平等であることについて書きました。

もしかしたら,今回の話は矛盾しているかもしれませんが

はっきり言って私はタメ部員が大好きでした。


部員に対して学年問わず平等に接するようにしてましたが

心のどこかでは,常にタメ部員を応援していました。


いつでも優しく,わからないことがあって戸惑っていたら,さりげなく助けてくれる先輩よりも


いつも感謝してくれて,気をつかって仕事を手伝ってくれる後輩よりも


気はきかない,無神経で不器用でヘタレな彼ら(タメ部員)が大好きでした。


だって,
中学のときから共に野球をし,
彼らのことずっと見てきたから…

彼らの努力も知ってるし
彼らの強さやいいとこら
そして
彼らの弱さや情けない姿も知っています。

楽しい思い出も
辛い思い出も
きつい練習も
勝った試合も
負けた試合も
中学1年生のときから
ずっと一緒に経験してきたんです。


だから
私にとって彼ら(タメ部員)は
特別な存在なんです。


今でも忘れられない彼ららしさに笑えるひとつの思い出があります。

高校2年生のときのホワイトデーのことです。

きちんとラッピングされたお菓子を
「バレンタインありがとうございました」
と言って後輩部員さんたちはわたしてくれました。


でも彼らは
「おう!これやるよ!」
そう言ってレジ袋に入ったままのお菓子を投げてくるんです。

(何このテキトーさ!)
そう思いながらも
彼ららしいなと
思わず笑ってしまいました。
そして,改めてそんな彼らが好きなんだよなと思いました。


よく,友だちからも言われてましたが
私は親バカならぬマネージャーバカなんです。


ずっと一緒にいるから
彼らにとって私はおそらく当たり前の存在だったと思います。
だから,彼らに感謝されることは
他の学年の部員さんと比べて
あまりありませんでした。


マネージャーになったばかりのころは
見返りを求めてはいけないと分かっていながらも
感謝されたいという想いが心のどこかにあったので

「私がいて当たり前と思わんでよね」
と彼らに対して思っていました。



でも,いつからか
私の存在が当たり前ってことは良いことなんじゃないか
そう思えるようになったんです。


私が女だということも忘れているかのような下品な言動も
ぶっちゃけトークも

私に気を許しているからだと思えば何だか嬉しくなりました。


そんな無神経な彼らですが
私のことを気にかけくれているんだなと思う事もありました。


私は出来る限り部員と同じ場所にいたかったので常にグラウンドにいました。

別にグラウンドでする必要ないだろうって仕事もグラウンドまで持ってきてやっていました。


倉庫内の掃除をしたついでにボールの補修も倉庫の中でしていたときのことです


突然
「〇〇〇!」
と私の名前を叫ぶ声が聞こえてきました。

(私何かしないといけなかった?練習メニュー聞き間違えた?それとも誰か怪我した?)
頭の中はパニックです。

急いで倉庫から出て
「何?」と聞くと


「べつに。おるならよか」

ただ呼んでみただけらしい…


その日から
やっぱり出来る限り部員が見えるところで作業しようって思いました。


また,私は修学旅行のときにいろいろあって過呼吸を起こしてしまいました。
その日の班長会でキャプテンと副キャプテンが
心配だから野球部全員で私に会わせてくださいって
先生にお願いしたらしいんです。

結局は異性の部屋に行ってはいけないって規則があるからダメだってことになったらしいけど
彼らが心配してくれてるってことだけで嬉しかったです。



なんか収拾がつかなくなってきました…


私にとって彼ら(タメ部員)は
ヘタレヒーローでした。

ヒーローなんだけど
どこかかっこよくない…
(野球してる姿はとてもカッコイイんですが…)


そんな彼らのことが今でも
たぶんこの先ずっと
大好きです。



話はまた現役時代に戻ります。

私がマネージャーをしているときに自分に対して定めたマネージャーの心得の第二条が

「誰にでも平等に」

でした。


マネージャーになったばかりの頃はあまり平等にって意識はありませんでした。

だからと言って,あからさまに誰かをひいきしたりとかはしていませんでしたが…


でも,夏の甲子園県予選の大会にむけてお守りを作っているときに気付きました。

お守りの中に部員一人ひとりに書いた手紙を入れるんですが,

手紙を書くときに
書きやすい部員と
書きにくい部員がいたんです。

いつもよく喋る部員の手紙は書きたいことがいっぱいあってスラスラ書けるのに

普段あまり喋らない部員の手紙にはありきたりな言葉しか思い浮かばず,何を書けばよいのかわからなかったんです。

今まで私はこの部員さんたちの何を見てきたんだろうって思ってしまいました。


それからは意識して部員と接するようにしました。

もちろん中学のころから一緒だった部員さんは話しやすかったんですが

高校になって新しく入った部員さんとは少し壁があるというか,話しにくかったんです。


でも,このままじゃダメだと思い自分から話しかけるように心がけました。


最初は話し掛けるのも緊張したり,会話は続かなかったりと
うまくいきませんでしたが

引退するまでには少しは仲良くなれたのかな…と思っています。
(本当はもっと仲良くなりたかったなと後悔しています)


でも,どんなに部員との距離を近付けようと頑張っても

話しにくい部員
もともと無口な部員などいるし
人間である以上合う合わないがあるから

全員と同じくらい仲良くなることは出来なかったかもしれないけど

部員全員を見るということは常に意識していました。

そしてどんな些細なことでもその日気付いたことは書き留めるようにしてました。

だから私のマネージャー日誌はほとんどが部員のことで占めていました。

今日は〇〇のバッティングが調子良かった

〇〇がノック中に怪我したとか
野球に関係あることから


山登りダッシュの後に〇〇がまつぼっくりくれた

とかくだらないことも…

今日はこの部員さんたちを中心に観察するぞって自分のなかで決めて部活をみてると

部員さんの意外な一面が見れたりしましたね。


それを本人に
「あのとき~だったよね」
と直接言ったり
手紙に書いたりしたら

「お前何でそんなことまで覚えてるん!?」
と照れ臭そうによく言われました。

彼ら(部員)にとっては少しストーカー的な気持ち悪いマネージャーだったのかもしれません…

部員全員と同じくらい仲良く接することは出来なかったかもしれないけど
部員全員を同じくらい理解しようと常に心掛けていました。


平等にって意識しないと
意外と出来ていないものです。

でも,せっかく野球を通して出会った仲間だからみんなと仲良くしたもん勝ちでしょ!

そんな気持ちで部員全員を見てみると部活がますます楽しくなるんじゃないかなと私は思います。