相手の環境を鑑みて判断できる賢明な人に・・・ | つばさ先生の徒然日記

つばさ先生の徒然日記

① 学校の先生
② 教育コンサルを含む個人事業の経営
③ フィットネスサークルの運営

3足のわらじを履く謎多き先生の日々を記録します。

さて、明日の夏期講習の授業予習もしたところで・・・

ちょっと重たい話でもしておこうかね。

 

文字で感情のすべてを伝えるのは非常に難しい。

その発言者の性格、発言時の状況(周りの環境や心境など)を理解したうえでなければ、受け取った人間が正確に理解することは不可能といっていいだろう。

 

過去にこんな例がある。

【その1】

とある報道で、某日本代表監督経験者が日本国内のサッカーを絶賛しているという記事が出た。

しかしインタビュー記事全体を見ると全く逆のことを言っている。

 

報道がそのレベル。都合のいい事だけ抜き出している状況。では、一般人はどうかな?

 

【その2】

百人一首の解説本。別の人が批判していた。その理由とは・・・。

それを詠んだ人の当時の環境を全く鑑みず、ただ言葉の内容だけをとらえて解説している。環境を見れば全然違う内容であることは明らか。

 

解説本を作るのは学者。ほら、学者でさえこのレベル。

 

 

専門家がこのレベルになってしまっているんだから、一般国民のレベルなんてたかが知れてると思いませんか?

 

江戸時代までは本当に貴族(皇族、将軍家、大名家など)しかしっかりとした教育は受けなかった。俳句や短歌、川柳と言った本当に短い詩で正確に想いを伝えあっていたのが貴族。

その教育が一般国民にも広がりだした江戸末期から明治、大正。

いまは・・・どうだろね。

 

 

いろんな投稿を見ます。

SNSの普及で、いろんな主張や報告がネット上を飛び交います。

それぞれの人の環境を考えて、コメントをしたりあえてコメントをしなかったりします。

 

その中で、投稿者の意図を読まず自分の主張だけコメントすることも多々見られます。

残念なことに、一部を取り上げて且つ誇張表現で多くの人たちに流布する人も見られます。

そして、それに振り回される人が多く居ます。

 

残念なことですが、やはりSNSの普及によりこういう人たちが目立っていることも確か。

 

 

20年前に危惧していたことの1つがいま大変目立っています。

20年前。まだ小学生だった自分。当時からある程度社会に力を持っていれば・・・また変えられたかな。

 

僕が教育を生業とする理由はここです。