序章 ~怒りから始まった~ | つばさ先生の徒然日記

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3足のわらじを履く謎多き先生の日々を記録します。

教育復興計画シリーズ
序章 ~それは怒りから始まった~



なんだ!?突然!?って感じでしょうが、前々からやってみたかったことを書くことにしました。

自分の人生は教育改革に費やすつもりです。
もちろんその中で自分の幸せってものも追い求めます。
以前、「教育を変えたいと思った理由は簡単にはブログに書かない」と書いてました。
(その記事はこちら
でもやっぱりなかなか会えないけど伝えたいって人はいるわけだし、記録としても残しておこうと思って書くことにしました。

シリーズものって続けられるかな。できない気がする・・・・(笑



僕が教育をなんとかしなきゃって思ったのは小学校4年生でした。

当時は海外の日本人学校に通っていて、通学はスクールバスです。
日本人が多くいて、日本人向けの学習塾も盛んでした。今の大手塾の前身がたくさん教室を開いていましたね。
生徒・児童の多くが塾に通い、日本の学校に負けないようにと勉強していました。

スクールバスで一度家に帰ってから塾に行くというのは無駄が多いので、塾がそれぞれスクールバスを学校に送り、子どもたちはそのバスで直接塾に行きます。
ちなみに、塾から家まではこれまたスクールバス(もしくはワゴン)です。


学校→塾→自宅という生活。塾からは大量の宿題が出されます。
息つく余裕もなく、家でも勉強から逃れることはできません。
日本人が少ないマンションに住んでいると周りに一緒に遊ぶ友達もいないわけですよね。
塾が違うと曜日がずれて友達とも会えない・・・。


学校に行くと体調がよくなり、帰宅もしくは塾に行こうとすると体調が悪くなるようになりました。
学校だけが憩いの場となっていたのです。


「こんな教育をしていて、日本はこのままでいいのか!?」


そんなことを思うようになったのはその頃です。

今思えば、あの頃は勉強ノイローゼと言える状況だったのかもしれません。
「勉強なんて嫌だ。もう死にたい」とか思って行動を起こそうとしたのも事実。



勉強ばかりの、余裕のない生き方を強いられている子ども時代って・・・いいのかな。



今の教育が続けば、日本はダメになる!!


そう思って、僕は教育の世界を志すことにした。


今から19年前の話です。



続く。