Radio Red Red Heartのオーギュスタンが、お忍びで來日してゐた。小ノストラダムスの件でくさくさしてゐるカンテラ、尠なくとも向かうは親友だと思つてゐるオーギュスタンに會ひに行つた。氣晴らしである。悦美のクルマ‐ マツダのRX-7(「ギャレエヂM」で見付けた)‐ で彼・オーギュスタンが待つ都内某クラブへ赴いたカンテラと悦美。オーギュスタンは例によりもじやもじや頭で、細身のスーツ。
「やあ、カンテラ、エツミ。きみたちのウェディングの話は噂に聞いた。なんで俺を招待してくれなかつたんだ?今日はテオとジロサンは連れてきてないのか?あのイカすライムグリーンのマツダは、エツミ、きみのクルマ?」滔々と話すオーギュスタン。【魔】が取れると、こんなにお喋りなんだなあ、ぼおつとカンテラは相手の話題に相槌を打つばかり。
「俺はこれから京都と奈良に行く。きみたちもどお?」R3Hは、「チャーリー・ワッツの世界」以來になる新曲「サディーの子守唄」が、世界中のヒットチャートを席卷してゐた。その忙しい中を、暢気に京都、奈良か...
ふと氣紛れに、古刹巡りもいゝだらう、とカンテラは思つた。「あの一件」の後、流石にカンテラの心は曇つてゐた。何もかもを擲げ出してしまひたい‐ そんな氣分で、「あゝ、同道はしないが、現地で會ふ事になるだらう...」無責任かも知れないが、事務所は暫くお休みだ。
悦美のRX-7の坐席にはカンテラの「根城」ランタンを吊つて置いたので、その足で二人は西方に向かつた。
ところ變はつて、「大黑屋」。カッちやんには或る野望?があつた。テオを、角打ち會に招くのだ。カッちやんは大の猫好きなのだ。特に異能の持ち主である、テオには興味津々で、マタタビをごつそり買ひ込んで、じろさんに、テオに出馬を勧めてくれるやう、度々頼んでゐた。でゞちやんも連れてくればいゝぢやない。カッちやんの誘ひを何で無視し續けるかと云ふと、テオは只今多忙に過ぎたからだ。
小ノストラダムス事件(事實、それは「事件」だつた)の余波で、ネット上は「カンテラ事務所のテオ=谷澤景六」と云ふ風説で持ち切りである。何とか消し止めたいテオであつたが、今回ばかりは無理かも、と肝キモを据へるしかなさゝうだつた。あーあ、今までの努力が水の泡だ。
その内、TV局が動き出す。また、ワイドショウにネタ提供だ。しかも今回はビッグニュース扱ひだらう。「あのベストセラー作家、實は...」テオ、思はずじろさんにボディガードを頼んだぐらゐである。カンテラ兄貴に修法でだうにかならないか、と持ち掛けたいが、兄貴も「逃げたい氣持ち」に衝き動かされてゐるのか、悦美さんとふらり、旅に出てしまつた‐
暗澹たる心を抱へて、今日もPCに向かふテオであつた。SNSで何か癒される發言がないかと探しても、出てくるのは、谷澤関連の言葉だらけで、いちいちハートに突き刺さつてくる。
テオとしては、いつものハンドルネーム「鬼子母涙次」を使つて、詩でも捻くるしかない‐ 己れの文才がちと怨めしいが。「鬼子母涙次 【灰燼にkiss】ジル・ド・レやジャック・ザ・リッパーの再來/蠢く現代/僕はいつも渦中にあり/火中の栗が爆ぜる/のを待つ/火と燃えよ噂/日々よ灰になれ...」ざつとこんな調子。
無性に淋しかつた。じろさんの勧め通り、角打ちに出席して、ごくフツーの猫のやうに、マタタビに酔ひ痴れてゐたかつた... でゞこが擦り寄つてきた。「テオちやんどつたの?」テ「でゞこにはわからないことだもの、いつたつてしやうがないさ」で「ふうん、むづかしいのね」そんな日々の明け暮れ。
が、或る日、曙光らしきものが見えた!否、それは曙光には違ひなかつたものゝ、同時に大きな謎をテオの心に投げ掛ける、或る「危険」を孕んだ光、であつた。何かと云ふと‐ 有り躰に云へば、(勿論人間の)女性、らしきペルソナからのDMである。
ツイッター、XでDMは初めてのテオ、すつかり舞ひ上がつてしまつた。丁度、でゞこには助け舟は出せまいと、たかを括つた矢先に、嗚呼母性!僕には母さんの思ひ出がない!
然しそのDMは、堤防決壊寸前の、「誘ひ」だつた。氣を引き締めなければ... だがヤニ下がる自分を抑へ切れないテオであつた。
「拝啓、鬼子母涙次さま。いつも詩を拝讀いたしてをる者です。鬼子母さま程の詩人でも、詩を、ご自分のお悩み吐露の道具として、使つてしまふ事があるのですね... 云々」テオは、いかん!僕は【魔】に魅入られてゐる‐ さう思つたが、もう齒止めが利かない狀態に陥つてしまつてゐた‐
テ「僕は、信じられないでせうが、人間ではないのです‐」告白は明らかに、テオの手拔かりだつたが、あつと云ふ間に、今まで築き上げてきた「秘密の累積」は崩れ去り、TVでお馴染みの天才猫・テオ、が谷澤景六である事、自分は本当は件の猫、テオである事、洗ひざらひが、語り盡くされた。よもやこれを眞實と受け止める者などゐないだらう、との、油断もあつたのだ。
だが... その女性、と覺しきペルソナは、事のあらましを、悉く受け容れた!「あなたが谷澤先生である事、TVのワイドショウで有名人?のテオちやまである事、わたしは薄々気付いてをりましたわ」いかん!僕は...
一方、物見遊山のカンテラ、悦美組、カンテラには何やら胸騒ぎがし、早々にオーギュスタンを置いてけぼりに、寺社仏閣にサヨナラを云つて、古都を後にした。「悦ちやん、惡いが飛ばしてくれ」悦美のサヴァンナRX-7、プアマンズ・ポルシェと呼ばれたクルマは、そのロータリーエンジン焼け付け、とばかりにスピードを上げた‐ 【魔】は何処かで、ずるずると重い躰を引き摺つてゐた‐
「は」眠りから醒めたテオは、でゞこの傍らにゐる自分を發見した。「夢だつたのか...」だが、事務所には畸怪なる影が、近づいてゐた‐「テオちやま、なんでわたしを入れてくれないの~」見れば、大蛸の化け物、八本ある内の一本の脚に、ケータイを握り締め、のたうつてゐる。
カンテラが張つた結界のせゐで、魔物は事務所には這ひ入る事、叶はない。「この蛸め」じろさんが「さすまた」を持つて、防戦してゐる...「あの吸盤にやられたらアウトだ!」蛸には関節がないので、じろさんの奥儀も及ばない。
「テオちやま、テオちやま、お母さんですよ~」テ「僕には蛸の母さんなんかゐない!」じろさんは惡戦苦闘。テ「あゝ僕たちの家が」
すると、キキィーとブレーキ音。カンテラと悦美だ!じろさん、大刀、傳・鉄燦を投げた‐「あらよつと」カンテラが受け取る。蛸が襲ひかかつてきた!「しえええええいつつつ!!!」あつと云ふ間にぶつ切りになつた蛸‐
さて、命ばかりは何とか助かつたものゝ、テオには重い運命サダメが殘された。「僕はこれから、谷澤景六としての僕も、引き摺つて行かなくちやならない」まるで、大蛸が地上で、己れの重い躰を引き摺るやうに...
テオがだうなつちやふのか、それは筆者の知るところではない。Fin。