4年前の、今日と同じような暑い日の昼に、熱中症と思われることで長女は倒れて心肺停止となりました。一度は、心臓が動き出しましたがやはりだめでした。
今日は、昼に妻と次女で霊園に行きました。お線香をあげているときに、さすような太陽の光線も、一時的に雲の中に太陽が入り込んでさえぎられました。きっと、長女をはじめ長女の祖父母が私たちを歓迎してくれたのでしょう。

そのあと、霊園から近くのベトナム料理の店で会食をしました。

宮廷料理もメニューにあるというこの店はとても感じが良いと思います。

次女は、バインセオが好きで注文しました。

私は、白身魚のプレートランチ。

妻は、フォーと写真はないのですが焼き飯を注文しました。

おいしい料理をいただき、久しぶりに家族3人で会食をして感謝しました。

 なお、今日ふと目にしたインスタにはっと思う記事がありました。

 

この中で、印象に残った部分を紹介します。

「私は今27歳になりました。

私はまだ死にたくない。

私は私の人生が大好きです。

それは、私の愛する人たちのおかげです。

だけどもう、どうする事もできないのです。

この、『私が死ぬまでのノート』は、あなたに死をおそれて欲しくて書き始めたのではありません。

死が必ず訪れるものであるという事に関して、私たちはほとんど何も知らないという事実が私は好きです。

私が死について話そうとする時、その話題が「タブー」として扱われる事を除いては。それは辛かった。

私はただあなたに、人生の大きさからすれば小さくて、無意味な事に気をもんだり、ストレスを感じてほしくないのです。

私たちはみんな、いずれ死ぬ運命にある事を忘れず、限れた時間を、有意義で偉大な事に使ってほしいのです。

しょうもない事に、時間を使ってほしくないのです。

この最期の数ヵ月、私は人生について深く考える時間をたくさん持てたので、私の考えをたくさん書き遺しておきます。

もちろん、これらの事が私の頭に浮かんでくるのは、だいたい夜中です!

あなたがバカな事(この数ヵ月で、本当にバカな事だったなと思う事がたくさんありました)に泣きごとを言っているヒマがあったら、本当に困っている人の事を考えてください。

そしてあなたの問題はちっぽけであった事に感謝し、乗り越えてください。

腹が立っているという事を認めてもよいですが、それを引きずらないでください。それは他の人の時間にも悪い影響を与えますから。

腹が立った時は、一度そこを離れて外に出て、深呼吸して肺に空気をいれ、空がいかに青くて、木がいかに緑かを見つめてください。

それはとても美しいですから。

そして、あなたがそれをできるという事が、いかに幸運な事かを考えてみてほしいのです。

ただ、呼吸ができるという事が、いかに幸運かを-。

あなたは今日渋滞につかまったり、あなたの可愛い赤ちゃんのおかげでろくに眠れていなかったり、美容室で髪の毛を切られ過ぎてしまったかもしれません。

ネイルが欠けていたり、胸が小さかったり、お尻にセルライトがついていたり、お腹が出ているかもしれない。

そういう事は、すべて気にしないでください。

私が約束しましょう。あなたも自分の番を迎える時には、そんな事は1ミリも気にならないという事を。

一生から見れば、それらの事は本当にどうでもいい事なのです。

私は私の目の前で自分の糞尿を持ち去られるのを見ていますし、それに何もする事ができません。

だけど私が願うのはそんな事より、あと1度だけ、誕生日やクリスマスを自分の家族と過ごす事です。

あと1日だけ、私のパートナーと犬と一緒に過ごすという事です。

あと1日でいいから。

私は、いかに仕事が酷いかや、運動が辛いかについて人が文句を言っているのをよく聞きます。

だけど、あなたはそれができる身体であるという事に感謝してほしいのです。

仕事や運動なんて、と思うかも知れません…。あなたが、それらができない身体になってしまうまでは。

私は健康に生きる事に情熱を燃やしてきました。

健康であり、身体が動くという事を喜んでください。」

夕食は、天然魚を扱う魚屋さんからお刺身を買ってきて手巻きずしを楽しみました。お刺身大好きな長女に感謝です😊

 

今日18日は。次女がホットケーキ(桃と投入ホイップのトッピング)を作ってくれてみんなでいただきました😊