ジェネレーションギャップではないけれど・・・
いや やっぱりジェネレーションギャップなのだろうか
この春 社会人になった!・・・というひともいるとおもうので
今日はオレなりの『仕事ができる人』論なるものを・・・
少し述べようと・・・今夜は少し酔ってます・・・(^^;)
仕事ができる人の定義は人それぞれだろう
でも、自分の定義が真実かどうかは別物である
たとえば パンを焼く仕事を考えてみようか!!
そして このパンの一番いい焼き方 は100度で焼くことだとしようか
その温度をみつけたひとが 仕事ができるひと・・・・とおもうひとがかなり多い
まちがいではないけれど
ちょっと違う!とオレはおもう
仕事!!となると工場で作ることになるが
110度ではどうなの?
120度ではどうなの?
とプロなら考える
いや 心配になる
工場は実験室とは違うからだ
いつどんな予想外のことが起こるかわからない
何かあったときに工場とか機械のせいになんてプロにはできない
仕事をする!!ということはプロの仕事をする!!ということなのだ
最適温度は100度だけれど
110度ではどうなのか
あるいは90度ではどうなのか
100度を超えた場合
100度を下回った場合
何処までなら100度のときと同じような味をだせるのか
そこまで調べて そして
いつも工場で同じ品質のものを作れて
はじめて仕事をした
仕事を完成した!!と胸を張って言えるのだとおもう
最近
いちばん最初の いちばんおいしく焼ける温度だけをみつけて
自分がいちばん『えらい』とか思っているひとが多い
特に一流大学とかをでたひとにそういう傾向は高いように思う
しかし違うんだよ!!とオレはいいたい
仕事というのは そういう 偶然みたいなものじゃないのだ
めんどくさいことを
ひとつひとつ コツコツとこなして完成させることができるひとが
仕事ができるひとであり
最後まで きっちりやりとげて
はじめて仕事をした!といえるのだとおもう
めんどくさいことは嫌だなんていう奴は論外である
学校ではけしてそういうことは教えてくれないが
職場にいて 仕事をしていれば
ふつう そういうことは学びとれるはずで
でも なぜか そういうことを学べないひとがいる
なんでかなあ~
いや やっぱりジェネレーションギャップなのだろうか
この春 社会人になった!・・・というひともいるとおもうので
今日はオレなりの『仕事ができる人』論なるものを・・・
少し述べようと・・・今夜は少し酔ってます・・・(^^;)
仕事ができる人の定義は人それぞれだろう
でも、自分の定義が真実かどうかは別物である
たとえば パンを焼く仕事を考えてみようか!!
そして このパンの一番いい焼き方 は100度で焼くことだとしようか
その温度をみつけたひとが 仕事ができるひと・・・・とおもうひとがかなり多い
まちがいではないけれど
ちょっと違う!とオレはおもう
仕事!!となると工場で作ることになるが
110度ではどうなの?
120度ではどうなの?
とプロなら考える
いや 心配になる
工場は実験室とは違うからだ
いつどんな予想外のことが起こるかわからない
何かあったときに工場とか機械のせいになんてプロにはできない
仕事をする!!ということはプロの仕事をする!!ということなのだ
最適温度は100度だけれど
110度ではどうなのか
あるいは90度ではどうなのか
100度を超えた場合
100度を下回った場合
何処までなら100度のときと同じような味をだせるのか
そこまで調べて そして
いつも工場で同じ品質のものを作れて
はじめて仕事をした
仕事を完成した!!と胸を張って言えるのだとおもう
最近
いちばん最初の いちばんおいしく焼ける温度だけをみつけて
自分がいちばん『えらい』とか思っているひとが多い
特に一流大学とかをでたひとにそういう傾向は高いように思う
しかし違うんだよ!!とオレはいいたい
仕事というのは そういう 偶然みたいなものじゃないのだ
めんどくさいことを
ひとつひとつ コツコツとこなして完成させることができるひとが
仕事ができるひとであり
最後まで きっちりやりとげて
はじめて仕事をした!といえるのだとおもう
めんどくさいことは嫌だなんていう奴は論外である
学校ではけしてそういうことは教えてくれないが
職場にいて 仕事をしていれば
ふつう そういうことは学びとれるはずで
でも なぜか そういうことを学べないひとがいる
なんでかなあ~