宮崎県で働いている医師 歴史は繰り返さないが、韻を踏む

宮崎県で働いている医師 歴史は繰り返さないが、韻を踏む

 働き始めて24年目の勤務医です。
 その他、最近は公立病院の経営の問題を初めとするマネジメントの勉強の記録も兼ねてブログを書いています。  
令和8年度 地方公共団体の経営・財務マネジメント強化事業 アドバイザーに登録されました。 

 



 

まず明らかにすべき「二つの所属」

県が採用するのであれば、雇用上、その医師は県職員として扱われると考えるのが自然である。給与、勤務条件、服務、異動命令など、雇用主としての権限と責任は県にあるだろう。
一方、専門研修は別の仕組みで動く。
若手医師が内科、外科、整形外科、産婦人科などの専門医を目指す場合、認定された専門研修プログラムに所属し、基幹施設や連携施設を回りながら、必要な症例と指導を受ける必要がある。宮崎大学の専門研修プログラムに所属するのであれば、研修内容やローテーションには大学側のプログラム責任者も関与する。
つまり、制度によっては、

  • 雇用・給与・服務上の所属は宮崎県
  • 専門研修上の所属は宮崎大学などの研修プログラム

という「二つの所属」が生じる。
これは直ちに矛盾するものではない。しかし、派遣先を県が一方的に決め、その勤務が専門研修上の必要症例や指導体制と合わなければ、若手医師の専門医取得が遅れるおそれがある。反対に、大学の研修計画だけを優先すれば、県が必要とする地域へ機動的に派遣するという制度の目的が弱くなる。
したがって重要なのは、「県と大学のどちらが人事権を持つか」という二者択一ではない。雇用上の配置権と、専門研修上のローテーション決定権を、どのように接続するかである。

派遣先は誰が、何を基準に決めるのか

県が採用した医師の派遣先を最終的に決めるのは、基本的には県になると考えられる。しかし、若手医師の配置は、単なる欠員補充として決めるべきではない。
少なくとも、次の条件を同時に確認する必要がある。

  • 地域の医療需要と医師不足の程度
  • 医師本人が希望する専門分野
  • 専門研修で必要となる症例数と診療内容
  • 派遣先における指導医の有無
  • 当直や救急を含む勤務負担
  • 緊急時に相談・搬送できる後方支援体制
  • 家族事情や住居、通勤などの生活条件

この調整を誰が行い、意見が一致しない場合に誰が最終判断をするのか。その手順を事前に明文化しておく必要がある。
県、県立病院、宮崎大学、専門研修プログラム、派遣先病院、医師本人が参加する配置調整会議を設け、派遣前に研修価値と安全性を確認する仕組みが望ましい。異動の決定理由を本人に説明し、不服や再調整を申し出られる手続きも必要だろう。

「派遣先に指導医がいるか」は核心的な問題

若手医師を医師不足地域へ送れば、それだけで地域医療が強化されるわけではない。
むしろ医師が少ない病院ほど、日常的に相談できる上級医や同じ診療科の専門医が不足している可能性がある。経験の浅い医師が、十分な支援なしに救急や入院診療を担えば、本人の負担だけでなく、患者安全にも関わる。
必要なのは、指導医が「名簿上いる」ことではない。実際に相談できる体制である。

  • 日中に直接相談できる指導医
  • 夜間・休日のオンコール支援
  • 県立病院や大学病院との遠隔相談
  • 必要時に患者を速やかに転送できる仕組み
  • 若手医師自身が疲弊した際の交代・退避ルール
  • 定期的な面談と研修到達度の評価

こうした条件を派遣先ごとに公開し、条件を満たさない施設には単独で若手医師を配置しないという安全基準も検討すべきである。

 

 

私個人は、いろいろ疑問がわくニュースです。
批判とかではなくて。

 

県は医師を「3年間確保」するだけなのか

宮崎県は、へき地の医師不足を解消するため、県立病院に新たな派遣拠点を設ける方針を示している。

県が若手医師を採用し、一定期間、地域の公立病院などへ派遣する構想だという。医師確保が難しくなっている地域にとって、県が直接関与する意義は大きい。

しかし、ここで確認しておかなければならないことがある。

県は若手医師を3年間確保することだけを考えているのか。それとも、一人の医師を専門研修からその後のキャリアまで県内で育て、支える覚悟があるのか。

卒後3年目は、医師として重要な時期である

初期研修を終えた後の数年間は、医師が診療科を選び、専門医取得に向けて本格的な研修を始める重要な時期である。

この時期の医師が考えるのは、目の前の給与や勤務先だけではない。

必要な症例を経験できるのか。十分な指導を受けられるのか。専門医を予定どおり取得できるのか。研修終了後にどこで働くのか。さらに、大学院、サブスペシャリティー、結婚、出産、育児なども含めて将来を考える時期である。

県が若手医師を「最大3年間」採用するのであれば、その3年間が医師の将来にどのようにつながるのかを明確にする必要がある。

「最大3年間」の後はどうなるのか

現在伝えられている内容からは、県による採用期間が終了した後の進路が見えない。

県立病院の常勤医として継続して勤務できるのか。派遣先の地域病院にそのまま入職できるのか(僻地の病院であれば、入職を断ることは考えにくいと考えます)。そこから、宮崎大学の医局へ移ることを想定しているのか。あるいは、県との雇用関係が終了し、その後は医師本人が勤務先を探すのか。
 

仮に、

県職員として採用するのは最大3年間であり、それ以後の進路は本人に任せる

という制度であれば、若手医師にとって魅力的な選択肢になるだろうか?。
 

私が現在、初期研修を終えようとしている医師であれば、3年後の進路が明確でない県の任期付き採用よりも、宮崎大学の医局に所属し、専門研修を受けながら、その人事異動の中で地域勤務を果たす道を選ぶと思う。

それは、地域勤務を避けたいからではない。同じように地域医療を担うのであれば、専門医取得からその後の勤務先まで、継続的に支援してもらえる可能性の高い経路を選ぶということである。

これは若手医師として、ごく合理的な判断ではないだろうか。

3年間の勤務先ではなく、その後の人生を示す必要がある

医師不足地域に若手医師を派遣する以上、県が一定の地域勤務を求めることには合理性がある。

しかし、地域医療への貢献と、医師本人のキャリア形成は対立するものではない。むしろ、この二つを両立させることが制度設計の中心でなければならない。

例えば、県には次のような仕組みが求められる。

  • 派遣期間を専門研修として確実に算入する(派遣先で専門研修になる医療機関はかなり限られそうです)

  • 派遣先でも必要な症例と指導体制を保障する

  • 宮崎大学や基幹病院での研修期間を組み合わせる

  • 採用期間終了後に県立病院へ継続勤務できる道を設ける

  • 宮崎大学の医局へ円滑に移行できる仕組みをつくる

  • 専門医取得後の県内勤務まで含めたキャリアプランを提示する

大切なのは、県が若手医師に「3年間、地域へ行ってほしい」と求めるだけでなく、その医師に対して「その後も宮崎県内で医師として成長できる道を用意する」と約束できることである。

 

県には「育て続ける覚悟」が問われるが、宮崎県に医師を育てる組織があるのか?そこは、やはり大学なのではないか?

今回の構想は、地域医療を守るための重要な試みになり得る。

だからこそ、県には「最大3年間採用する」という入口だけでなく、専門研修と採用終了後の出口まで示してほしい。

若手医師を地域医療のために一時的に確保するのか。

それとも、一人の医師を育て、その家族や生活も含めて宮崎県内に定着できるよう支え続けるのか。

この違いによって、センターが単なる期限付き派遣組織になるのか、将来の宮崎県医療を担う医師を育てる組織になるのかが決まる。

県に問いたいのは、採用人数や派遣先だけではない。

その医師の3年後、5年後、10年後まで支える制度になっているのか。

県内定着を本気で目指すのであれば、県には3年間の雇用ではなく、一人の医師のキャリアを長期的に支える覚悟が求められる。