宮崎県で働いている医師・地域医療評論家のブログ

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 働き始めて22年目の勤務医です。
 日々の仕事を真摯に努める以外にも,世の中に情報発信をするべきではないかと思うようになりました。
 その他、最近は公立病院の経営の問題を初めとするマネジメントの勉強の記録も兼ねてブログを書いています。  
 


現在、串間市民病院では、医師体制の大幅な縮小を背景として、時間外診療の受け入れ制限が検討されています。地域住民にとって、救急医療体制の変化は生活に直結する重大な問題です。本来、このような事態に至った経緯については、行政が十分に説明責任を果たす必要があります。
特に今回の問題を考える上で、見過ごすことができないのが、市による病院経営体制の人事判断と、その後の医師確保策の実行状況です。

■院長交代に伴う行政の約束
串間市では、前事業管理者兼前院長であった江藤敏治医師の任期を更新せず、事実上の体制変更を行いました。この人事は、自治体病院の経営方針を大きく転換する判断であり、地域医療に与える影響は極めて大きいものです。
その際、市長部局は「新しい体制を構築する」「院長職を含め常勤医師を複数招聘する」といった趣旨の方針を示していました。仮にこの方針が公に示されていたのであれば、それは単なる方針ではなく、地域医療を維持するための行政としての責任ある約束だったと言えます。

■結果として生じた医師体制の縮小
しかし現時点では、その医師招聘が実現したとは言い難い状況が生じています。結果として常勤医師数は大幅に減少し、救急医療を含む病院機能の維持そのものが困難な局面に入っています。
自治体病院における院長や事業管理者の交代は、単なる人事異動ではありません。地域医療体制そのものを左右する重大な政策判断です。もし体制変更を行うのであれば、それと同時に医師確保策を具体的かつ実効的に進める責任が行政側にはあります。
医療は高度な専門職によって支えられており、医師の確保は短期間で容易に実現できるものではありません。だからこそ、経営トップの交代を行う際には、綿密な医師確保戦略と実行力が不可欠です。

■時間外診療制限は「医療側の問題」だけなのか
現在議論されている時間外診療制限について、「医師不足だから仕方がない」という単純な説明だけでは、問題の本質は見えません。
医師不足という結果が生じた背景には、病院経営の意思決定や行政の医師確保政策が存在します。特に、トップ人事を変更した行政が、その後の体制構築を実現できなかったのであれば、その結果について説明責任を負うのは当然です。
医療現場では、常勤医師が入院患者の継続診療や医療安全管理など、極めて重い公益責任を担っています。医師数が減少すれば、その責任は少数の医師に集中します。その結果として時間外診療の制限が検討される状況は、単なる現場判断ではなく、医療体制全体の持続可能性の問題です。

■行政の説明責任と再建責任
自治体が設置主体である公立病院では、医療体制の変化は行政の政策判断と密接に関係しています。そのため、今回のように救急体制の見直しが必要となった場合、市民が最も求めているのは、「なぜこの状況に至ったのか」という経緯の説明と、「今後どう再建するのか」という具体的な道筋です。
もし、院長交代時に掲げた医師招聘方針が十分に実現していないのであれば、その原因の検証と再発防止策の提示は不可欠です。地域医療は一度弱体化すると、再建には長い年月と多大な財政負担を要します。

■地域医療は行政と医療者の共同責任である
医療提供は医師だけで成り立つものではありません。医療政策、財政支援、医師確保戦略など、行政の関与が不可欠です。特に公立病院では、行政の判断が医療体制に直接影響を与えます。
時間外診療制限という結果だけを医療現場の問題として捉えるのではなく、その背景にある行政判断の検証を行うことが、地域医療を守る第一歩になるはずです。
地域住民にとって重要なのは、責任の所在を明確にし、同じ問題を繰り返さないことです。そのためにも、市には丁寧で透明性の高い説明と、実効性のある医療体制再建策の提示が強く求められています。

近年、全国の地方自治体病院では、医師不足を背景に救急医療体制の維持が大きな課題となっています。とりわけ、人口規模の小さい自治体において「24時間365日の時間外診療を維持すべきか」という問題は、地域医療政策の重要な論点となっています。
宮崎県串間市にある串間市民病院でも、医師体制の変化を背景に、時間外診療体制の在り方が議論されています。本稿では、特定の医療機関の内部事情に踏み込むものではなく、地域医療の専門家として、一般論として地方自治体病院が抱える構造的課題について整理してみたいと思います。
■地方自治体病院の救急医療は「初療」だけでは成立しない
救急医療というと、「搬送された患者をその場で診察できるかどうか」という観点で語られることが少なくありません。しかし、医療現場の実態はそれほど単純ではありません。
救急搬送された患者の多くは、その場の診察のみで完結するわけではなく、入院治療や継続的な経過観察が必要となります。さらに、合併症対応や転院調整、退院後の地域医療機関との連携など、診療は長期的な責任の連続によって成立しています。
地方中小病院では、この継続診療の責任を主として担うのが常勤医師です。時間外に外部医師や非常勤医師が初期対応を行った場合でも、その後の治療責任が常勤医師に集中する構造は、多くの自治体病院で共通して見られます。
■常勤医師に集中する「診療行為責任」という問題
医療においては、患者の治療経過全体に対して責任を持つことが求められます。救急医療では特に、初療医と継続診療医が異なる場合が多く、その際には後から診療を引き継ぐ医師が診療行為全体の安全性を担保する役割を負います。
このいわゆる「後医責任」は、患者安全を守る上で不可欠な概念です。しかし、常勤医師が少数となった場合、この責任が特定の医師に過度に集中する可能性があります。
常勤医師は、入院患者の主治医としての役割に加え、医療安全管理、地域医療連携、院内教育、災害医療対応など、公益的な役割を多面的に担っています。これらの責任は医療機関が地域医療を支える上で不可欠ですが、医師数の減少は、こうした公益責任の集中を招きます。
■非常勤医師による体制補完の限界
医師不足への対策として、外部医師や非常勤医師の活用は全国的に行われています。これは医療提供体制を補完する上で重要な手段であり、適切に運用されれば大きな役割を果たします。
しかし、非常勤医師による時間外対応が増えるほど、入院後の診療責任や医療安全管理の負担が常勤医師へ移行する構造は避けられません。また、診療方針の連続性や院内医療チームとの情報共有など、医療の質を担保する上での課題も指摘されています。
このような状況下では、表面的には診療可能に見える体制であっても、医療安全や医師労働環境の観点から持続可能性に疑問が生じる場合があります。
■地域医療の持続性という観点からの検討の必要性
全国の自治体病院の動向を見ると、医師不足の中で無理に救急体制を維持し続けた結果、常勤医師の離職が進み、最終的に診療機能そのものが大幅に縮小した事例も少なくありません。
地域医療において最も重要なのは、短期的に「すべてを受け入れる体制」を維持することではなく、長期的に安定した医療提供体制を確保することです。そのためには、医療機関の人的資源や地域医療全体の機能分担を踏まえた体制整理が不可欠になります。
■救急医療は「量」ではなく「確実性」で評価される時代へ
現在の地域医療政策においても、各医療機関が担うべき役割を明確にし、地域全体で救急医療を支える体制づくりが求められています。小規模医療機関においては、すべての症例を受け入れる体制よりも、安全に対応できる範囲を明確にすることが、結果として住民にとっての医療安全を高める場合があります。
医療体制の見直しは、住民に不安を与える側面もあります。しかし、医療は限られた人的資源によって支えられている以上、持続可能性を無視した体制は、かえって地域医療全体の崩壊を招く危険性があります。
串間市の議論は、決して一地域の問題にとどまらず、全国の地方自治体が直面している共通課題の一例と言えるでしょう。今後も、地域医療の持続性と医療安全を両立させるための冷静で建設的な議論が求められています。

人は怒って組織を去るのではありません。呆れ果てて去っていくのです。


人が組織を離れるとき、
「怒ったから辞めた」
そう説明されることがよくあります。
しかし、現場を知る人間であれば、これは本質ではないと感じているはずです。
本当に人が去るのは、怒りが頂点に達したときではありません。

呆れ果てたときです。
怒りは、まだ期待が残っている状態です。
「こうあるべきだ」
「変わるはずだ」
「分かってもらえるはずだ」
そう信じているからこそ、人は怒ります。
ところが、
何を言っても届かない
何度説明しても理解されない
同じ問題が放置され、是正される気配もない
そうした状況が積み重なると、怒りは次第に消えていきます。
残るのは、失望と諦めです。


串間市民病院で起きていること

今回の串間市民病院における医師の退職問題も、まさにその構図ではないでしょうか。
表面的には、
「勤務が過酷だったから」
「人手不足だから」
「経営が厳しいから」
そうした言葉で説明されがちです。
しかし、実際に現場で働いてきた医師たちは、最初から辞めたいと思っていたわけではありません。
地域医療を守りたい。
この町の患者を最後まで診たい。
この病院で医療を続けたい。
そう考えて踏みとどまり、声を上げ、改善を求めてきたはずです。

それでも、
現場の声が意思決定に反映されない
医師の疲弊が「仕方がないこと」として処理される
危機が危機として共有されない
こうした状況が続けば、怒る気力すら失われていきます。

辞表は、最後の抗議ではありません
多くの人は、辞表を「強い抗議」だと考えます。
しかし、実際にはその逆です。

辞表とは、
「もう、何を言っても無駄だと判断しました」
という静かな宣言です。

怒っているうちは、まだ話そうとします。
説得しようとします。
改善案を出します。
辞めるとき、人は語りません。
説明もしません。
静かに荷物をまとめ、現場を去っていきます。
それは裏切りでも、逃避でもありません。
対話が成立しないと判断した結果なのです。
組織が本当に恐れるべきこと
組織が恐れるべきなのは、批判ではありません。
厳しい意見でも、強い言葉でもありません。

最も危険なのは、
誰も何も言わなくなること
です。
問題点が指摘されなくなったとき、
改善案が出てこなくなったとき、
そして、責任感の強い人間が静かに去り始めたとき。
その組織は、すでに内部から崩れ始めています。

まだ、間に合うのでしょうか
今回の串間市民病院の問題は、
「なぜ辞めたのか」
を問う段階を、すでに過ぎているのかもしれません。

問うべきなのは、
「なぜ、そこまで呆れ果てさせてしまったのか」
です。

人は、簡単には去りません。
特に地域医療を担う医師は、責任感と使命感で踏みとどまります。
それでも去るとき、そこには必ず、長い沈黙と諦めの時間があります。
この現実に、病院も、行政も、そして地域も、どれだけ真剣に向き合えるのか。
それこそが、串間の地域医療の将来を左右するのではないでしょうか。