「僕はこれからも会っていきたいと思っています。美咲さんは、どうしたいですか?」
ああ、返さなきゃ。
既読をつける前から、何が書いてあるかは通知で分かっていた。
でも、お風呂に入って、髪を乾かして、明日の服を出してから開いた。
その間に答えが決まるわけでもないのに。
「私も、もう少し会ってみたいです」
打ってみる。
嘘ではない、と思う。
だって、もう会いたくないわけじゃないし、この前のごはんも普通に楽しかったから。
でも、これが届いたら、彼は喜んでしまうんだろうな。
きっと、次はどこに行こうか?って、お店を探してくれる。
たぶん、今までより少し近い距離で。
私は、それがうれしいんだろうか?
送信ボタンの横で指が止まる。
「もう少し」をつけているんだから、まだ迷っているって伝わるかな。
いや、そんなの都合がよすぎる。
彼が聞きたいのは、次のごはんに行くかどうかじゃない。
文章を全部消した。
いい人なんだよ、本当に。
私が苦手だと言った食べ物を覚えていてくれた。
帰りが遅くならないように、時間も気にしてくれた。
そういうことを思い出すたびに、断るなんてひどい気がする。
でも、優しくしてもらったことならこんなに思い出せるのに、私から会いたくなったことは、多分まだない。
スマホを伏せた。
なんで好きになれないんだろう。
友達に話したら、「もう少し会ってみたら?」と言われた。
私もそう思った。だから、会った。
会えば嫌じゃない。
楽しいと感じる瞬間もある。
帰り際には、素直にありがとうございましたと言える。
それなのに、次の予定が決まると、カレンダーを見ながら少し身構えてしまう。
その日は空いている。
空いているんだけど。
約束のない土曜日がひとつ減ることを、先に考えてしまった自分が嫌だった。
「何度かお会いして考えたのですが」
今度は、断るつもりで書いてみる。
これを送ったら、もう連絡は来なくなるんだろうな。
「お仕事お疲れさまです」も。
「今日は寒かったですね」も。
そう思うと、急にもったいない気がした。
もったいないって、何。
人に対してそんなふうに考えていることを、誰にも知られたくない。
この人と会えなくなるのが寂しいのか。
私のことをいいと思ってくれる人がいなくなるのが怖いのか。
今は、それもよく分からない。
正直、また一から探すのか、という気持ちもある。
写真を見て、プロフィールを読んで、同じような自己紹介をして。
やっと、安心して会える人に出会えたのに。
でも、それを理由に「私もです」と返していいのかな。
さっきから、彼に何と言えばいいかばかり考えている。
がっかりさせない言い方。
期待させすぎない言い方。
あとで自分が後悔しなくて済む言い方。
そんな返事、あるんだろうか。
トーク画面を少し戻すと、この前のお店の写真があった。
「ここ、美咲さんが好きそうだと思って」
その下に、私が送った「楽しみです」の文字。
あのときは、お店が楽しみだった。
今思えば、会えるのが楽しみだと、受け取っていたのかもしれない。
そこでまた罪悪感を感じてしまう。
そこまで考えて、もう何も書けなくなった。
もう少し待ってほしい。
でも、次に会ったあとも同じ気持ちだったら…。
私はまた、もう少しって思うんだろうか。
画面が暗くなる直前に、指で触れた。
彼の「どうしたいですか?」が、また明るくなった。
ちゃんと返したい。
本当に、そう思っている。
でも、ちゃんと返そうとするほど、どの言葉も送れなかった。
この美咲さんの物語は、婚活の中でうまく言葉にできない迷いを、一緒に考えるために描いたフィクションです。
読みながら「私もこんなふうに考えたことがある」と感じるところはあったでしょうか。
いい人だと思うのに、進む返事も、断る返事も送れない。
美咲さんは、何に引っかかっていたのでしょうか。
次回は、この夜の気持ちをたどりながら、返事を難しくしていたものと、自分の答えを考えるために必要なことをお話しします。