「もう少し会ってみたいです」
 
前回、美咲さんはこの一文を書いて、消しました。
 
『「私も、もう少し会ってみたいです」と書いて、送れなかった夜』
 
※まだご覧になっていない方は、先に美咲さんのストーリーからご覧ください。
 
もう会いたくないわけではない。
 
会えば普通に話せるし、嫌なところがあるわけでもない。
 
それなのに、返事ができない。
 
あの夜、美咲さんは何度も、
 
「私は、この人が好きなのかな」
 
と考えていました。
 
でも、考えれば考えるほど、分からなくなっていきました。

 


 

彼は優しかった。
 
苦手だと言った食べ物も覚えていてくれた。
 
帰りが遅くならないように気にしてくれた。
 
そういうことを思い出すと、
 
「こんなにしてくれた人を断っていいのかな」
 
と思う。
 
もう連絡が来なくなると思うと、寂しい。
 
ここで終わらせて、あとから後悔するのも怖い。
 
また一から婚活を始めることを考えると、それも気が重い。
 
そうすると、
 
「やっぱり、もう少し会った方がいいのかな」
 
と思います。
 
でも、次の約束を想像すると、少し身構える。
 
会いたくないわけではない。
 
ただ、
 
「早く会いたい」
 
とも思っていない。
 
すると今度は、
 
「じゃあ、やっぱり好きじゃないのかな」
 
と思う。
 
そしてまた、彼の優しかったところを思い出す。
 
「でも、いい人なんだよな」
 
と戻ってくる。
 
何度考えても、同じところを行ったり来たりしていました。
 

 

友人には、
 
「もう少し会ってみたら?」
 
と言われました。
 
美咲さんも、それなら分かるかもしれないと思いました。
 
実際、彼とは何度か会っています。
 
会うたびに、知らなかったことは少しずつ増えました。
 
仕事のこと。
 
休日の過ごし方。
 
好きな食べ物。
 
家族のこと。
 
店員さんへの接し方。
 
「やっぱり、ちゃんとした人だな」
 
と思うことも増えました。
 
デート自体が嫌だったわけでもありません。
 
「今日も普通に楽しかった」
 
と思って帰る日もありました。
 
でも、一人になると、
 
「それで、私はこの人と進みたいんだろうか」
 
で、また止まります。
 
彼のことは、前より知っている。
 
いいところも、前より知っている。
 
それなのに、返事は前より簡単になっていませんでした。
 

 

美咲さんはスマホのメモを開きました。
 
そして、こう打ってみました。
 
「次に会ったら、何を知りたい?」
 
そこで指が止まりました。
 
何を書けばいいのか、分からなかったのです。
 
彼の仕事のこと?
 
家族のこと?
 
結婚したあとの生活のこと?
 
考えてみても、これだと思えるものが出てきません。
 
代わりに浮かんできたのは、
 
「この人を断って、あとで後悔しないかな」
 
「もうこんな人に出会えなかったらどうしよう」
 
「次に会ったら、好きになれるかな」
 
そんなことばかりでした。
 
美咲さんは、しばらく画面を見ていました。
 
そして、少し変なことに気づきます。
 
「もう少し彼を知れば分かる」
 
そう思って、何度も会ってきた。
 
でも。
 
私は、彼の何を知りたいのか、一度も考えたことがなかった。
 

 

そのことに気づくと、あの夜ずっと考えていたことも、少し違って見えました。
 
彼のことを考えているつもりだった。
 
でも実際には、
 
断って後悔しないか。
 
彼を傷つけないか。
 
この人を逃したら次があるのか。
 
そんなことも、ずっと一緒に考えていました。
 
美咲さんはメモに戻りました。
 
「次に会ったら、何を知りたい?」
 
まだ答えは書けません。
 
でも、さっきまでとは少し違いました。
 
「好きかどうか」をもっと考えればいいわけでも、
 
ただもう一度会えばいいわけでもない気がしてきたからです。
 

 

もし次も、
 
普通にごはんを食べて、
 
普通に楽しく話して、
 
「今日もいい人だった」
 
と思って帰ってきたら。
 
私は今度こそ答えられるんだろうか。
 
たぶん、今のままならまた迷う。
 
では、
 
彼のどこを知ればいいんだろう。
 
自分のどんな気持ちを見ればいいんだろう。
 
何が分かれば、
 
「もう少し会いたい」
 
なのか、
 
「ここで終わりにしたい」
 
なのかを、自分で考えられるんだろう。
 
そこまでは、美咲さんにもまだ分かりませんでした。
 
ただ、一つだけ。
 
これまでとは違う問いが残りました。
 
「私は、何が分かれば答えられるんだろう?」
 
次の物語では、その問いを持った美咲さんが、次の約束を考えます。

「僕はこれからも会っていきたいと思っています。美咲さんは、どうしたいですか?」

 

ああ、返さなきゃ。

 

既読をつける前から、何が書いてあるかは通知で分かっていた。


でも、お風呂に入って、髪を乾かして、明日の服を出してから開いた。

 

その間に答えが決まるわけでもないのに。

 

「私も、もう少し会ってみたいです」

 

打ってみる。

嘘ではない、と思う。


だって、もう会いたくないわけじゃないし、この前のごはんも普通に楽しかったから。

 

でも、これが届いたら、彼は喜んでしまうんだろうな。

 

きっと、次はどこに行こうか?って、お店を探してくれる。
たぶん、今までより少し近い距離で。

 

私は、それがうれしいんだろうか?

 

送信ボタンの横で指が止まる。

 

「もう少し」をつけているんだから、まだ迷っているって伝わるかな。

いや、そんなの都合がよすぎる。


彼が聞きたいのは、次のごはんに行くかどうかじゃない。

 

文章を全部消した。

いい人なんだよ、本当に。

 

私が苦手だと言った食べ物を覚えていてくれた。
帰りが遅くならないように、時間も気にしてくれた。

 

そういうことを思い出すたびに、断るなんてひどい気がする。

 

でも、優しくしてもらったことならこんなに思い出せるのに、私から会いたくなったことは、多分まだない。

 

スマホを伏せた。

 

なんで好きになれないんだろう。

 

友達に話したら、「もう少し会ってみたら?」と言われた。
私もそう思った。だから、会った。

 

会えば嫌じゃない。

楽しいと感じる瞬間もある。

帰り際には、素直にありがとうございましたと言える。

 

それなのに、次の予定が決まると、カレンダーを見ながら少し身構えてしまう。

その日は空いている。
空いているんだけど。

約束のない土曜日がひとつ減ることを、先に考えてしまった自分が嫌だった。

 

「何度かお会いして考えたのですが」

 

今度は、断るつもりで書いてみる。

これを送ったら、もう連絡は来なくなるんだろうな。

 

「お仕事お疲れさまです」も。
「今日は寒かったですね」も。

そう思うと、急にもったいない気がした。

 

もったいないって、何。

 

人に対してそんなふうに考えていることを、誰にも知られたくない。

 

この人と会えなくなるのが寂しいのか。


私のことをいいと思ってくれる人がいなくなるのが怖いのか。

 

今は、それもよく分からない。

 

正直、また一から探すのか、という気持ちもある。

 

写真を見て、プロフィールを読んで、同じような自己紹介をして。


やっと、安心して会える人に出会えたのに。

 

でも、それを理由に「私もです」と返していいのかな。

 

さっきから、彼に何と言えばいいかばかり考えている。

 

がっかりさせない言い方。
期待させすぎない言い方。
あとで自分が後悔しなくて済む言い方。

 

そんな返事、あるんだろうか。

 

トーク画面を少し戻すと、この前のお店の写真があった。

 

「ここ、美咲さんが好きそうだと思って」

 

その下に、私が送った「楽しみです」の文字。

 

あのときは、お店が楽しみだった。
今思えば、会えるのが楽しみだと、受け取っていたのかもしれない。

そこでまた罪悪感を感じてしまう。

 

そこまで考えて、もう何も書けなくなった。

もう少し待ってほしい。

 

でも、次に会ったあとも同じ気持ちだったら…。
私はまた、もう少しって思うんだろうか。

 

画面が暗くなる直前に、指で触れた。

 

彼の「どうしたいですか?」が、また明るくなった。

 

ちゃんと返したい。
本当に、そう思っている。

 

でも、ちゃんと返そうとするほど、どの言葉も送れなかった。

 


 

この美咲さんの物語は、婚活の中でうまく言葉にできない迷いを、一緒に考えるために描いたフィクションです。

 

読みながら「私もこんなふうに考えたことがある」と感じるところはあったでしょうか。

 

いい人だと思うのに、進む返事も、断る返事も送れない。


美咲さんは、何に引っかかっていたのでしょうか。

 

次回は、この夜の気持ちをたどりながら、返事を難しくしていたものと、自分の答えを考えるために必要なことをお話しします。