この、魏志倭人伝に出てくる、ヒミコですが、私は彼女の本名
ではないと推察しています。
本名はほかにあり、彼女の家来が、魏の使者に女王の名前を教
えるのは、あまりにも恐れ多いと思い、女王の立場、役割を仮
に「日巫女さま」として、伝えたのだと思います。
さて、その後邪馬台国には、男王が即位しますが、国が乱れた
ので、ふたたびヒミコの一族の女性トヨが即位したら国が平和
になったと言います。
これがおそらく、天照大神の岩戸隠れ神話のモチーフになった
のでしょう。
さて、日本の神道では、祭る人が祭られる人になるという考え
方があります。
ヒミコが奉斎していたのが、日の神すなわち天照大神であり、
別名を、オオヒルメと言います。
偉大なる、昼をつかさどる女神とでも言った意味です。
後代になればなるほど、このオオヒルメの神徳にヤマトを統一
しつつあった、ヒミコの威徳が加わり、天照大神の神徳が形成
されてきたのではないかと私は想像しています。
伊勢の神宮の外宮に、豊受大神宮がありますが、一般に、
天照大神のお食事のお世話をする神様ということになっていま
すが、単なるお食事係りが、内宮と同じ格式でお祭りされてい
ることに疑問を覚えます。
同じく三種の神器をご神体として天照大神をお祀りしている神
社に、熱田神宮がありますが、外宮は熱田神宮より格式は上の
存在なのです。
私は、伊勢の神宮成立の過程には、後代ヤマト王国成立の功労
者であった、ヒミコを内宮に、トヨを外宮にお祭りしたのでは
ないかと考えています。
もちろん内宮は、天照大神が主祭神で、それにヒミコの威徳を
加えた形でお祭りし、トヨはその後のヤマト王国の動乱を救っ
た功労者としてお祭りしたのではないかと考えています。
なぜならば、外宮は内宮と同じ格式をもつ日本最高位の神社で
あり、トヨウケというように、邪馬台国女王、トヨの名を冠し
ているからです。
以上はあくまでも勝手な私の仮説ですので、参考までにとどめ
ておいてください。
さて、このヤマト王国も、外圧にそなえ軍備を拡充する必要が
出て来ました。
友好を結んでいた魏が滅び、その後中国大陸は五胡十六国とい
う動乱の時代を迎え強国の後ろ盾を得られなくなってしまった
からです。
このころの中国は、歴史を記す余力もなく、日本は、欠史の時
代になってしまいました。
外敵に備えるためには、今までのような祭祀政治で国を治める
のではなく、軍事力をバックにした政権を整える必要が出てき
たのです。
このころ、中国の乱れに乗じ、中国東北部(旧満州)には、
高句麗という大国が勃興し、朝鮮半島を南下し始めました。
こうなってくると、いざというとき、武器を手に取って、戦場
で指揮をとることができる男王が継承するように王権が変化し
たのだと思います。
もちろん最初の男王は、ヒミコの一族から選ばれたのだと推察
しています。
もし、今の皇室のご先祖が、ヒミコの邪馬台国を滅ぼして、新
たに政権を打ち立てたのだとしたら、もっとおぞましい伝承が
残っているはずです。
文字の記録がなくても、口伝えの記憶はかなり長く残るはずで
すので、今にもそうした言い伝えが残っているはずですが、い
くら探してもその痕跡は見つかりません。
私は、いわゆる邪馬台国が大和政権に発展を遂げる過程を物語
るものとしては、古事記神話に描かれた、「天孫降臨神話」に
その原型を求められるのではないかと考えています。
天照大神が孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を日本の国土に降
臨させられた逸話は、天照大神を奉斎する邪馬台国の一族が、
こののちも、ヤマト王国を支配することへの確認と、
天照大神(女性)→瓊瓊杵尊(男性)への血統の転換を物語っ
ているのではないでしょうか?
想像の域を出ませんが、おそらくヒミコの場合、急死だったの
で、女性後継者を選んでいる暇がなく、ある程度有力であった
一族の男性を王に据えたところ、前例がないことが災いして、
国民に動揺がはしったのではないでしょうか?
今でも日本人は前例を重要視する傾向にあります。
おそらく、以前は女王が、ちょうど次のダライラマを探すよう
に、霊感を用いて次の女王後継者を選んでいたのだと想像しま
す。
おそらく当時の邪馬台国の女王は、未婚でなければ国が統治で
きなかったのではないでしょうか?
立場上、結婚して夫ができると、又は既婚者だとすると夫の立
場をどうするのか?
困りますし、政治に口出ししてくると、もめごとの原因にもな
りかねないからです。
邪馬台国も一度は男王を立てて失敗していますが、朝鮮半島に
迫る国難を乗り切るためには、国をふたたび男王継承で固める
必要があったのです。
四世紀ごろになると、前方後円墳が作られるようになり、墓の
埋葬品も、祭祀具や装飾品が主でしたが、武具が多く埋葬され
るようになりました。
これは、おそらく武術に長けた北方騎馬民族が高句麗からの難
を逃れ、ヤマト王権の家来として召し抱えられるようになった
からだと推察しています。
ヒミコ当時の朝鮮半島は、まだ独自の国を作るだけの勢力が発
達しておらず、半島南部も日本の勢力圏にありました。
その経緯で、北方騎馬民族は、まずは半島南部に逃れ、その後
、九州に渡り、次第に我々ヤマト民族に吸収同化していったの
ではないでしょうか?
ヤマトに、普通大和という漢字を当てますが、このような経緯
が反映しているのではないでしょうか?
そして、この邪馬台国を起源とする、政権の道統が歴史から推
理して、約1800年続いている、日本の国ぶりは、世界を見
渡してもどこにも存在しない、実に尊い国ぶりだと思います。
今年は、神武建国2676年に当たりますが、これとて日本の
精神史的には間違いではないと、私は信じています。
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