今にも潰れかけた居酒屋。客は俺ともう一人のおじさんだけ。そのおじさん、多分常連だろう。大将とその嫁にずっと話しかけ続けている。俺は会話に混じれず、ひとりコップを傾けていた。
ふと、目の前にGが現れた。3センチくらいの子どもGだ。一瞬、嫌な気分になったが、思い直した。俺みたいなゴミにはお似合いなんだと。まさに「似たもの同士」ってやつか。
自虐的になることで精神を統一する。それが俺の持つ数少ない有用なスキルのひとつだ。Gが壁を駆け上がる姿を見て、何で重力に逆らって垂直に移動できるのだろうと思った。
壁との設置点では、作用反作用の法則で壁と逆方向に力が働くはずだ。それでもGは壁から離れることなく、天井方向へ移動できている。あの鉤爪のような足で引っ掛けているからだろうか。でも、引っ掛けることで移動しにくくなるような気もする。まるで俺の人生みたいだ。前に進もうとするほど、何かに引っかかって動けなくなる。
思考がぐるぐる回っていた。年を取ると人は老害になる。ビジネスで怒られることもなくなり、プライベートでも自分が気持ちいいコミュニティにだけ属するようになり、嫌な思いをしなくなる。プライドを傷つけられることがなくなる。それが老害化のメカニズムだ。快適な温泉に浸かりすぎて、ふやけた指のように芯がなくなっていく感じだ。
だから、もっと自分を傷つけないとダメなんじゃないか。今はそう思うようになっている。
自虐という負荷がなければ、思考は衰えていく。
「お客さん、なんでG見ながら物思いにふけってんの?」 大将からの一言。
俺は一瞬、呆然としたが、すぐに吹き出した。何か悟ったような気になっていたのが、ただ馬鹿らしかった。
「すみません、ちょっと考え事してました」と言いながら、ふと気づいた。このG、ただの害虫だ。何を自己投影しているんだ俺は・・・。
「大将、もう一杯もらえますか?」
声に力が戻っていた。Gに寄り添う必要はない。そう思えた瞬間、不思議と心が軽くなった。
大将が酒を注ぎながら言った。「お客さん、たまには人間とも話したらどうだ?」
俺は笑いながら答えた。「そうですね。今度は人間と話してみます」
Gは天井に消えていった。俺は杯を掲げ、隣の常連らしきおじさんに話しかけた。「こんな店、好きですか?」