朝、俺らはふらふらと目覚める。
「次の日にダメージが残らない、良い酒らしいっす」と誰かが言った言葉を思い出す。

俺たちはトータル10時間くらい飲み続けていたが、軽い二日酔いで済んでいた。

 

肝臓に土下座したくなるレベルではない。

嘘じゃなかった・・スーパーいいちこは伊達じゃない。

離れを少し片づけて、堀田さんの家を後にする。本宅に別れの挨拶を伝えに行ったが誰もいなかった。
カギは開いていた。まぁ田舎だから・・・泥棒もコスパを考えると来ないだろう。

俺たちは滋賀北部から滋賀南部へ移動を開始した。

到着したのは滋賀県甲賀市のたぬき村。信楽焼(しがらきやき)の狸の置物で有名な街だ。
以下の背景があるらしい。

1: 信楽狸の元祖「藤原銕造」が信楽で狸の置物を作り始めた
2: 昭和天皇を信楽焼狸の置物でお迎えしたことが成功し、その逸話がマスコミに報道され大流行した

今もこの村はたぬきを中心に生きている。たぬきに支配された人間たちの村と言っても過言ではない。

「ちょっとおしゃれな雑貨屋寄りたいんすけどいいすか」

T田の希望で俺たちはおしゃれな雑貨屋?に行った。が、入ってみると雑貨屋ではなく、信楽焼のお店だった。

 

T田よ、間違えているぞ。

夫婦で営んでいるようで、俺らを丁重に出迎えてくれた。
客は俺ら3人しかなく、なんとなく気まずさが流れた。空気が「お客様、何か買ってください」と叫んでいる。

3人それぞれバラバラに焼き物を見ていたが、しばらくして店主が俺に声をかけてきた。

「何かお探しですか・・?」
(ビクッ!)

全く心の準備がなく、俺は動揺した。まるで先生に当てられた学生のように。

(な、何か言わないと・・)

「ざ、ざっと見に・・・」

「ざっと・・・?」

店主は苦笑いしていた。
俺も苦笑いで返した。お互いの顔が「何この状況」と言っている。

俺は店主の円(敵の気配を感知できる範囲)の中に絶対入らないように立ち回った。ハンターのような動きで。
3人とも何も買わずに俺たちは店を出た。忖度はしない。それで良かったんだと思う。たぬきに魂を売らずに済んだ。


その後、大津ボートレース場へ向かった。
競艇はやったことなかったが、T田が経験者だったので色々教えてもらった。
・選手はA級、B級などランクがあり、A級が強い
・ボートは6艇で最も有利なポジションは1番
・ボートやエンジンはレース毎に抽選で選手に渡される。

まぁ、結局素人が組み合わせを考えても当たらないのだが。宝くじを確率で攻略しようとするようなものだ。

公式のAI予想なるものもwebで公開されており、まぁまぁの的中率だった。
素人はAI予想を見とけば大丈夫。


俺たちは2レースに挑み、3人とも全負けした。

3レース目が最後の勝負。
俺は3000円分くらいの券を買った。
AI予想は全く参考にせずに俺流で買った。直感を信じろ、と内なる声が囁いた。

T田とS井はAI予想を参考に買っているようだった。AIを信じろ、と内なる声が囁いたらしい。

「当ててぇ・・・」
T田に水原一平の姿が重なって見えた。
いや・・・
目を擦ると、ただのT田だった。
(気のせいか・・)


プーピパ~
粗品がクセスゴで披露していた謎の曲が鳴り響き、レースが始まった。(毎回同じ曲が流れる)
まるでパブロフの犬のように、競艇ファンはこの音で興奮してしまうのだろう。

「行けぇー!」

だが、俺の予想選手は1周目で脱落してしまった。

「終わった・・・」俺の3000円に乗せた夢も一緒に琵琶湖に沈んでいった。

T田とS井は叫んでいた。

「来てる・・・来てる!!」

ギャンブルは人を熱狂させる。

(相席居酒屋で女引っ掛けた時はクールぶってやがったのによ・・・まるで別人じゃねーかよ!)

「いっけぇー!」

T田とS井は2人とも3連単を的中させていた。倍率13倍。
T田は500円賭けていたので6500円ゲット。
S井は100円賭けていたので1300円ゲット。

「初勝利、おめでとう・・」俺は負け犬の遠吠えをした。
T田は俺を振り切り、換金のために走り出した。
正に現金なやつ・・


S井は先に帰ってきて、「楽しかったです」と笑顔だった。
しばらくしてT田が帰ってきた。
まるでモナリザのような複雑な表情をしていた。

「・・・外れてました」
「え・・?」
「間違って13レースにマークしてたみたいで・・。俺の券、まだ当たり外れが未確定扱いになってます・・・」

「え・・どういう・・?」

「・・・俺って馬鹿ですよね・・・」

俺とS井はそっとT田の肩を叩いた。
「それ、まだ当たるかもしれないだろ?もう時間だから帰るけど、後でレース確認しようぜ」
俺たちは競艇場を去った。
後味の悪い最後だったのは言うまでもない。帰りの車はずっと無言だった。

まるで喪に服しているかのように。

俺たちは大阪に帰り着いた。
「お疲れ。いい旅だったな・・」
「楽しかったです!次はマラソン大会で!」
S井は笑顔だった。ちゃんと合宿の趣旨を覚えていたようだ。

「あの・・13レース・・外れてました・・」
T田は泣き顔だった。一瞬、水原一平のようにも見えた。だが、気のせいだろう・・・。

「よし、解散!」

まぁ、これくらいが丁度いいのかもしれない。

滋賀の旅、悪くはなかった。人生山あり谷あり、たぬきあり。