BARはしんとした空気が流れていました。

 

店内に客の姿は殆どなく、ジャズの音楽がゆっくり響いています。

 

男は青白い顔で再び語り出しました。

 

・・・

 

ああ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの?

 

私の好きな言葉です・・・

 

ジュリエットのように、月明かりの下でロミオに手を差し伸べれたらどれだけ美しい情景だったでしょう。

 

現実は残酷です。

ああ、スティッチ。あなたはどうしてケツなの?

 

ケツの下でスティッチに手を差し伸べている、この世で最もおぞましい光景でした。

 

私はずっと考えていました。

 

どうして、ケツスティッチが必要だったのか?

 

なぜ腕や背中ではないのか?

 

腕だったら自分のテンションが上がるシンボルを描くとか、背中だったら自分の守護的存在として強いシンボルを描くとか、何かしら納得のいく説明がつけられる気がしていました。

 

でも、ケツスティッチだけは何も説明が出来なかったのです。

 

フェルマーの最終定理みたいに、一見すると簡単そうだが、深淵の闇が続いている。

 

思考回路はショート寸前でした。

 

そして同時に、いきそうだった気持ちも弱まっていました。

 

私は内心焦りました。

 

老婆に気付かれたら、怒られそうな予感がしたのです。

 

私は目を閉じ、婆さん嬢のマリエを再開することにしました。

 

でも困ったことに、私の心にはマリエ以外に新しい訪問者があったのです。

 

スティッチ、マリエ、スティッチ、マリエ・・・

 

振り子のように、私は2つの存在を行き来しています。

 

厳しい戦いは続きました。

 

それでも、私はなんとかイクことが出来ました。

 

本当に安堵したのを覚えています。

 

老婆の仕事を完了させる、という仕事は私は完成させたのです。

 

それから数年が経ち・・。

 

私は成長し、いつしか風太と呼ばれるようになっていました。

 

必ず事前に調査を行い、予約を怠りません。

 

あの日の失敗を繰り返すことはありませんでした。

 

ケツスティッチが私を強くしたのです。

 

・・・

 

BARにはもう、私と男しか残っていませんでした。

 

私は男の話に心から頷いていました。

 

日本昔話やイソップ童話のように、心に刻むべき普遍的教訓。

 

それを聞けたからです。

 

大変でしたね、と私は男を労いました。

 

男はもう少しだけ、飲みたいようでした。

 

私と男は最後の一杯を傾けました。

 

 

 

もうちょっとだけ続く・・・