西米良から、湯前町へと出る。
真夏の藪山は、出来れば避けたいところだが、何か「厳しいもの体験」がないと遊んだ気がしないのも正直なところ・・・。
真夏の藪山は、出来れば避けたいところだが、何か「厳しいもの体験」がないと遊んだ気がしないのも正直なところ・・・。
「湯前ふるさと林道」の仁原川沿いに林道を入るが、営林署が閉鎖していたので、目指す「花立山・湯ノ原山」を断念する。
宮崎全山狙いとは意識も違い、登れる山だけでもいい感覚で、多良木町の県道143号線を通り、「槻木峠」のトンネルから「黒原山」(くろばるやま)へと転進を決める。
トンネル近くには「お地蔵さん」が祭られている。
それにしても、いい天気だなぁ~。
標高1017.2mの黒原山・・・久しぶりの1000m超えの山は、歩いていても涼しい風だ。
おそらく、早い時間に降雨もあったみたいで、風の涼しさも気持ちイイどころじゃない・・・。
ウキウキと吹き出る汗もすぐに乾くから、気が付くと水分補給のタイミングが悪く、突然のバテに焦ってしまう。
山頂直下の急登斜面は、実に濃い自然林の密集で「いわゆる藪山の価値というか、楽しさというか、厳しさ」を思い知る。
だが、三角点に飛び出してビックリ・・・整備された山頂広場が広がり、多良木町・あさぎり町の盆地が絶景だった。
吹く風涼しく、自宅から持参した私手作りの弁当を、ママと食べる。
きっと、どこかにあるだろう登山口を探す価値はなく、トンネルからとりつくのは、地図が語っている。
下山は楽勝で、駐車位置に戻る。
ムッとした空気が吹きあげてくると、山中の素晴らしい空気が価値を増した。
ムッとした空気が吹きあげてくると、山中の素晴らしい空気が価値を増した。

県道143号線を更に槻木まで進むと、平谷川沿いを走り林道に入る。
「猪ノ岳943.3m」へは、林道がほぼ直下まで延びていた。
あっさりと5分で山頂の三等三角点へたどり着いた。
「猪ノ岳943.3m」へは、林道がほぼ直下まで延びていた。
あっさりと5分で山頂の三等三角点へたどり着いた。
青空の広がった空の下に、林道越しに未踏の「小白髪岳」・・・そしてどでかい「白髪岳」が見えていた。
なんか日々、空転している。
何が、そして、どうなんだか判らないが、充実感がなく、奇妙な不満足感に包まれている。
「楽しみ」って何だろう?「楽しむ」って何だろう??
「豊かさ」ってどうだろう・・・?
「精神的な充足」で、何が満たされるのだろう?
他人に、私のやっている事を「素晴らしい」とか「魅力的」とか言われ、それが何??
まったく響かなくてつまらない。
かと言って、自分以外の方向を強いられる社会に、もう辟易しているのも事実だわ。
日常が、しらじらとしていて早く自分の思う世界に暮らしていきたいと願っている。
しかし、そこに大きな「空転」が生じているのだわ・・・。
「自分の思う世界」・・・それこそが判らない原因なんだな!!
何が、そして、どうなんだか判らないが、充実感がなく、奇妙な不満足感に包まれている。
「楽しみ」って何だろう?「楽しむ」って何だろう??
「豊かさ」ってどうだろう・・・?
「精神的な充足」で、何が満たされるのだろう?
他人に、私のやっている事を「素晴らしい」とか「魅力的」とか言われ、それが何??
まったく響かなくてつまらない。
かと言って、自分以外の方向を強いられる社会に、もう辟易しているのも事実だわ。
日常が、しらじらとしていて早く自分の思う世界に暮らしていきたいと願っている。
しかし、そこに大きな「空転」が生じているのだわ・・・。
「自分の思う世界」・・・それこそが判らない原因なんだな!!
帰路、湯前「湯楽里温泉」に入る。
登山後の温泉・・・それが王道か??
いや、それも判らんが、藪山の後は風呂に行った方が確率的に良い。
ダニうようよの服だったりするのだ。
登山後の温泉・・・それが王道か??
いや、それも判らんが、藪山の後は風呂に行った方が確率的に良い。
ダニうようよの服だったりするのだ。

夜、ママと二人で近くの居酒屋に行く。
ちょこちょこと飲んでつまんで、祭りの雑踏に紛れる。
太鼓台を見ると、夏祭りを強く感じる。
子供たちの居ない夏を過ごすことも辛いもんだなぁ~。
それが当たり前なんだろうが、私は嫌だ!!
ちょこちょこと飲んでつまんで、祭りの雑踏に紛れる。
太鼓台を見ると、夏祭りを強く感じる。
子供たちの居ない夏を過ごすことも辛いもんだなぁ~。
それが当たり前なんだろうが、私は嫌だ!!