次女・長男の通う中学では「感謝の集い」がある。カトリックの学校なので、ミサの雰囲気の中で行われる。プログラムの中の一つに、感謝の作文や詩を、選ばれた生徒が発表する。中学2年の頃、私の詩が選ばれ発表した事がある。私の頃は、母の日にあった行事だが、今の子供たちは父や母や兄弟たちへの感謝の意を込めての行事になっている。
今年、次女は作文が選ばれ発表する事になった。日が近づくに連れ、少し緊張からか「やりたくないナァ・・・。」と漏らしていた。そして、予行演習が実施された夜、彼女は大粒の涙を流した。その意味が判らず、私は彼女を膝に抱き聞いてみた。彼女は、他の発表者たちの作文や詩の内容が、とても感動的で素晴しいのに、自分のだけはそうではない!どうして私が選ばれたのかが判らないし、そんなのでは変だと思ったらしい。私は、彼女の肩を抱きながら、「お前の作文が、他の誰にも響かなくてもいい!お母さんには大きく響くんだから、堂々と発表しなさい!先生は、皆の中からお前のものを選んだって事は、それなりに意味のあることなんだから・・・!」と、話してあげた。でも、彼女は首を横に振り、「お母さんには響かないと思う!」とだけ言って、ようやく涙を乾かした。
結局、私は仕事を抜ける事が出来ず、彼女の発表を聞けなかった。私は待ちきれず、感謝の集いが終わった頃にママに電話をかけてみた。「あの子らしいわ!他の人達と違っていたけど、私の欲目だろうけど、素晴しかったわ!まぁ、内容は教えへんから、作文が戻ってきてからあんたも読むとええわぁ・・・!」と聞いた。私は、それが母へのものでなく、私への感謝の言葉だなんて想像もしていなかった。
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「つるさん」と呼ばれる父
私の父は、とても家族思いです。祝日は、絶対に家族皆で遊びに行き、仕事以外の時はいつも私達と一緒に居ようと心掛けています。私は、5歳の時から山登りをしています。だから、父の仕事が休みの水曜日は、山登りをするのが当たり前だと思っていました。そして、山登りから帰ってきた後、父はすぐにパソコンの所へ向かいます。仕事のある日も帰宅すればパソコンの所にいます。私から見た父は、山登りが好きで、家にいる時は、いつもパソコンの所にいて、話したりすることはあまりありませんでした。
父は、「西都山岳会」という、山登りが好きな人が集まる会に入っていて、年に5・6回会い、一緒に登山をしたり、お月見や花見に行ったりしています。
私が小4になった頃から、登山仲間はどんどんと増え、宮崎だけでなく、九州のいろんな人に会うようになりました。そして、父が聞いたことのない名前で呼ばれていることを知りました。初めて会う人なのに「つるさん。つるさん。」と呼んでくるのです。しかも、父はそんなに偉くもないし、特技があるわけでもなかったのですが、「つるさん。」と呼ぶ人々の多くがなんだか、父を敬っているようなのです。
ある日、父がパソコンから離れた隙に画面を見てみると、山登りをしている写真や植物の写真がありました。よーく見てみると、私の写真もいくつかあり、びっくりしました。それは、父のホームページだったのです。そこで、私はもう一人のパソコンの中の父の存在を知りました。
私は、中学生になった頃から、だんだんと家族登山がだるく感じるようになりました。「何で私が山を登らなきゃいけないんだ!」そう思いました。姉も山登りに行くと聞く度に父の悪口を言っていました。山登りに行く途中の車の中でも「まじ、だりぃー。」と叫びました。あんまりうるさいと私と姉は、凄く怒られました。しかし、なんだかんだ言って嫌がりましたが結局は、楽しめるし、頂上に着いた時の達成感は、とてつもなく気持ちのいいものでした。
ある日、パソコンのゲームをしているとふと、父のページを見たくなりました。父のページには、先日登った山について書いてあり、最後の三行にこう書かれていました。
「子供たちがいつまでも私に付き合ってくれなくても良いと思う。私は、子供たちが自然な形で、山登りから遠ざかっていっても、今までの山登りを通して『家族』という絆を深く理解していると思っているから。でも、もう少しワガママな親父に付き合って欲しいなぁ~。」
その他にも、いろんな父の心境が書いてありました。こんなに身近に、素晴しいと思える人がいることにも驚きましたが、何より、家族が一つになって何かを成し遂げる事に、これほど深い意味があることを初めて実感しました。
祝日や連休に家族全員でどこかに旅行するのは、はっきり言って嫌ですが、どうせ出掛けるなら、もっと楽しんで「ワガママな父」の期待に応えたいです。そして、家族を大切にしてくれる父のためにも、仕事から帰ってきたら、もっとやさしく接したいです。家族の時間を大切にしたい父の気持ちには私にも他の兄弟にも伝わっているので、これからも私がどんなに嫌がっても山登りに連れていって下さい。
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読み終えて、私は何もかもがすぅーっと落ちていく感じがした。目が涙で霞んでいた。感謝したいのは、こっちの方だと思った。私の子供に生まれてくれた4人に、深く感謝したい。
今年、次女は作文が選ばれ発表する事になった。日が近づくに連れ、少し緊張からか「やりたくないナァ・・・。」と漏らしていた。そして、予行演習が実施された夜、彼女は大粒の涙を流した。その意味が判らず、私は彼女を膝に抱き聞いてみた。彼女は、他の発表者たちの作文や詩の内容が、とても感動的で素晴しいのに、自分のだけはそうではない!どうして私が選ばれたのかが判らないし、そんなのでは変だと思ったらしい。私は、彼女の肩を抱きながら、「お前の作文が、他の誰にも響かなくてもいい!お母さんには大きく響くんだから、堂々と発表しなさい!先生は、皆の中からお前のものを選んだって事は、それなりに意味のあることなんだから・・・!」と、話してあげた。でも、彼女は首を横に振り、「お母さんには響かないと思う!」とだけ言って、ようやく涙を乾かした。
結局、私は仕事を抜ける事が出来ず、彼女の発表を聞けなかった。私は待ちきれず、感謝の集いが終わった頃にママに電話をかけてみた。「あの子らしいわ!他の人達と違っていたけど、私の欲目だろうけど、素晴しかったわ!まぁ、内容は教えへんから、作文が戻ってきてからあんたも読むとええわぁ・・・!」と聞いた。私は、それが母へのものでなく、私への感謝の言葉だなんて想像もしていなかった。
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「つるさん」と呼ばれる父
私の父は、とても家族思いです。祝日は、絶対に家族皆で遊びに行き、仕事以外の時はいつも私達と一緒に居ようと心掛けています。私は、5歳の時から山登りをしています。だから、父の仕事が休みの水曜日は、山登りをするのが当たり前だと思っていました。そして、山登りから帰ってきた後、父はすぐにパソコンの所へ向かいます。仕事のある日も帰宅すればパソコンの所にいます。私から見た父は、山登りが好きで、家にいる時は、いつもパソコンの所にいて、話したりすることはあまりありませんでした。
父は、「西都山岳会」という、山登りが好きな人が集まる会に入っていて、年に5・6回会い、一緒に登山をしたり、お月見や花見に行ったりしています。
私が小4になった頃から、登山仲間はどんどんと増え、宮崎だけでなく、九州のいろんな人に会うようになりました。そして、父が聞いたことのない名前で呼ばれていることを知りました。初めて会う人なのに「つるさん。つるさん。」と呼んでくるのです。しかも、父はそんなに偉くもないし、特技があるわけでもなかったのですが、「つるさん。」と呼ぶ人々の多くがなんだか、父を敬っているようなのです。
ある日、父がパソコンから離れた隙に画面を見てみると、山登りをしている写真や植物の写真がありました。よーく見てみると、私の写真もいくつかあり、びっくりしました。それは、父のホームページだったのです。そこで、私はもう一人のパソコンの中の父の存在を知りました。
私は、中学生になった頃から、だんだんと家族登山がだるく感じるようになりました。「何で私が山を登らなきゃいけないんだ!」そう思いました。姉も山登りに行くと聞く度に父の悪口を言っていました。山登りに行く途中の車の中でも「まじ、だりぃー。」と叫びました。あんまりうるさいと私と姉は、凄く怒られました。しかし、なんだかんだ言って嫌がりましたが結局は、楽しめるし、頂上に着いた時の達成感は、とてつもなく気持ちのいいものでした。
ある日、パソコンのゲームをしているとふと、父のページを見たくなりました。父のページには、先日登った山について書いてあり、最後の三行にこう書かれていました。
「子供たちがいつまでも私に付き合ってくれなくても良いと思う。私は、子供たちが自然な形で、山登りから遠ざかっていっても、今までの山登りを通して『家族』という絆を深く理解していると思っているから。でも、もう少しワガママな親父に付き合って欲しいなぁ~。」
その他にも、いろんな父の心境が書いてありました。こんなに身近に、素晴しいと思える人がいることにも驚きましたが、何より、家族が一つになって何かを成し遂げる事に、これほど深い意味があることを初めて実感しました。
祝日や連休に家族全員でどこかに旅行するのは、はっきり言って嫌ですが、どうせ出掛けるなら、もっと楽しんで「ワガママな父」の期待に応えたいです。そして、家族を大切にしてくれる父のためにも、仕事から帰ってきたら、もっとやさしく接したいです。家族の時間を大切にしたい父の気持ちには私にも他の兄弟にも伝わっているので、これからも私がどんなに嫌がっても山登りに連れていって下さい。
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読み終えて、私は何もかもがすぅーっと落ちていく感じがした。目が涙で霞んでいた。感謝したいのは、こっちの方だと思った。私の子供に生まれてくれた4人に、深く感謝したい。