人それぞれ、人生は色々。 | 劔樹人の「男のうさちゃんピース」

人それぞれ、人生は色々。

最近よく「幸せ太りですか?」と言われることがあるが、あまりピンとこない。

自分が太った理由は加齢による代謝の悪化という年相応の身体の変化と、ただの怠慢である。

 

結婚したり子どもが生まれたりしたら幸せに違いないと思ってしまうのは、ちょっと思考停止気味な決めつけのように感じてしまう。

 

 

人それぞれ、色々なのである。

 

 

 

今日発売された拙著(コミックエッセイ)では、幸せなんて人それぞれじゃないかなあという気持ちをちょっとだけ込めている。

 

 

 

表現したかった微妙な感覚がうまく伝わってほしいけど、読んで下さった方が感じることも、人それぞれになればいいと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

大学の時、曲を作ってライブハウスで活動して行くために初めて組んだバンドは、2個上の先輩たちに誘われたものだった。

 

みんな先輩だったというのもあるが、自分以外は凄いプレイヤーばかりだった。

 

 

ドラムのT先輩はサウスポーで、自分が知る中で一番カッコいいドラムだった。

 

ギターのN先輩は天才としか言いようがないというか。

ハロプロで言うとまーちゃん(佐藤優樹さん)みたいな感じだろうか。

 

 

クラブの夏合宿で海の側の宿舎に行った時。

一応目的は音楽をしに行くためのものだが、部長だったNさんは到着するや否や「わーい!」と真っ先に海に駆け出した。Nさんの持ってきた大きなボストンバッグには、海に浮かべるビニールのボートしか入っていなかった。音楽をする用意はおろか、着替えや生活用品すら持ってきていなかった。

 

そんなデタラメなNさんは遅刻癖も酷くて、別で参加していたフリージャズ/エクスペリメンタル系のバンドのライブに来なかった時があった。

もう最後の曲、となったとき、袖からNさんが現れた。楽器も持たず、なぜかTシャツにパンイチだった。そして張り付いたような笑顔でステージの中央にやってくると、客に向けてピックをひとつピッと投げた。それを合図にしたかのように、バンドが最後の曲の演奏をはじめたのだった。

何しに来たのか意味がわからないが、その瞬間、カッコよくて鳥肌が立つくらいゾクゾクした。

 

 

そんなNさんであるが、いざギターを弾くと、キラキラと誰よりも美しい音がしたのだった。

 

 

 

我々のバンドが結成されて、はじめての練習にもかかわらずNさんはスタジオに現れなかった。

 

「あいつほんまに…(怒)つる、ちょっと家まで行って呼んできてや」

 

絶対寝ているからということで、後輩である私が近所に住むNさんの部屋まで呼びに行くことになった。

 

夏の日だった。ドアは完全に解放されていた。

 

「Nさーん!」

 

玄関から呼んだが返事がない。陽当たりの悪いマンションで、家の中は暗い。ちらちらと窓からの光が漏れて見える。

 

「Nさーん!」

 

しばらく呼び続けていたら、完全に寝起きの雰囲気で、Nさんの彼女がヌッと出てきた。

 

「Nくんなら寝てるで」

 

彼女はそう言って別の部屋でのんびりしはじめた。

 

 

起こしてくれよと思ったが、この人も大学の先輩だし仕方がない。

 

「Nさーん!」

 

またしばらく呼んでいると、ついに奥からNさんの声がした。

 

「つるちゃん!つるちゃんごめん!!」

 

はっきり大きな声である。

やっと起きてくれたと思った。

 

「みんな待ってますよ!!」

 

「つるちゃん!ごめん!!」

 

「怒られますよー!」

 

「ごめん!!つるちゃん!!」

 

 

何かおかしいなと思った。

 

はっきり快活な声ではあるが、「つるちゃん」と「ごめん」しか言っていない。

 

 

恐ろしいことにそんなやりとりが20分くらい続いたのである。

 

なんだか私は不安になってきた。

これはもしかして、悪いものでもやっているんじゃないだろうか。

ずっと心無い返事が暗闇から聞こえてくるだけで、本人は全く起きて来ない。

とはいえNさんを連れてスタジオに戻らないと怒られそうだし…

 

そんなことを思っていたら、ついにNさんが奥から現れた。

髪の毛はすごい寝癖だった。

 

「やっと目、覚めたわ」

 

結局Nさんは30分近く寝ぼけ続けていただけだった。

 

 

そして洗面所で、歯ブラシに蛇口から流れる水をちょっとつけては歯をひと磨きし、また水をつけてはひと磨き、というのをすごい速さで繰り返しながら歯を磨いていた。

 

歯磨き粉を使わないあんな歯の磨き方を見たのは初めてだったし、あんな快活に寝ぼけている人を見るのもはじめてだった。

 

世の中には色々な人がいるな、とつくづく思った。

 

 

人それぞれ、色々なのである。