皮肉
続きの話を書くと。
この世の中は全て皮肉によって成り立ってる。
神のようなレベルの人間が居るほど、畜生レベルの人間も相応して存在してしまう。
要は、プラスマイナス、ゼロになるように、本当にそんな皮肉によって成り立ってるし、この世の中ってそれ以外実は無いのよねw
どれだけ誰がどうあがこうが、プラマイゼロ。
「時」ってテーマのブログで書いたように、全ては実際解決不能なんですよ。
結論を言えば、何事もなかったのに、この宇宙を生んだように。
何事もなかったのに、何事かあるような世界が、この世界。
つくづくそう思いますね。
無題
自分の知ってる言葉で言えば、人間にはランクが有って、それを知恵正覚の度合いと言うらしい。
生まれ持ったその人それぞれの可能性を言うんだろうと思う。
感じる事でもランクが違えば、全く解釈や全てが違うし、変わる。
ま、それはいいとして、人それぞれに感じるまま、その人相応に生きればそれでいいと思うんだかw・・・
五感って言うのかな?全ての感覚神経を全うした人間ってのは、それらを満たしてないランクの人間よりも心が深く、より複雑で、当の本人しかわからない事象にぶつかるらしい。
要するに、人間にはランクってのは必ず有って、ランク上位の人間は下の人間にはわからない感覚神経によって見てるって事。
が、しかし、ランクが違う人間同士は幾ら説明しようが、わかり合えない。
言い変えれば、知恵正覚の優れた人ほど、まるでキリストのような、凡人には理解しえない神のような役割の人間なんだと思う。ただ存在してるだけで。
人間の感性にピンからキリまである理由を、説明した。w
時
時、日に寺と書いて「時」っていうんですが。
生きている人間が時を認識しようとすると「今」しかないんですよ。
単純かつ明快な、そこにこそ全てを解決する方法や問題がある。
ま、常識人は何かを成し遂げようとした時、時間がかかる一般常識的な方法しか思いつかないでしょう。
次の瞬間には死んでるかも知れないんですよ?
そんな無情な法則こそが「時」というやつです。
本当に願いを叶える方法、それは時の概念を越えるしかない。
全くもって、それらの解釈は人それぞれの精神世界の解釈ではありますが。
俺は世界の絶対普遍的な方法法則にも、疑問を抱く精神回路をしてるんで、運命ったやらに流されてる人生の法則は変えたい。
世間一般常識で生きてる人ほど、無価値なモノはない。
今常識として世界に蔓延してる既成概念は、当たり前などこにでもある人生でしょう。
大丈夫か?と言いたいw そういう人達に対しては。
