死にたくてどうしようもないのに、死ぬことも出来ない、底辺の底辺にある弱さ。
それと向き合い続けることに、どれほどの覚悟と絶望があるのだろう。
どうも、鶴野です。
今回は舞台「遠く吠えて花火をあげる」について、少し書きたいなと思います。
こちら絶賛チケットやグッズが販売中ですので、要チェックですぞ。
【公式HP】
本番はまだこれから先なのですが、私は去年2月の初演「遠く吠えて花火をあげる」にも出演させていただいているのです。
今回の再演にも同じユメ役として選んでいただき、とても光栄です。
そして同時に、またあの場所と心に向き合わねばならないのか……。という気持ちがあります。
実は初演の時、私は舞台の感想ブログを書きませんでした。
正確には、書けませんでした。
まだこれから本番があるので内容には深く触れませんが、あらすじにもあるように『自殺希望』する人達が暮らすシェアハウスの話です。
自殺希望か……。おもてぇぜ……。
実際、作中はとてもテンポ良く進むので、ずっと重たいわけではないのですが、それもまた辛いというか。
楽しければ楽しいほど怖くて、苦しければ苦しいほど死にたくなるんです。
ユメというフィルターを通して見る世界の、なんと、開放的で、残酷なことか。
詳しくは是が非でも舞台で見て欲しいです。
もうほんと、命を懸けて演じるってこういうこと言うんだなって感じです。
だって毎公演毎公演、始まる前に「死にたいなー」って思いながら始めてたんですよ、前回なんか。
舞台上に首吊りロープがセットとしてあるんですが、それが空調で揺れてるのを発声練習しながらぼんやり眺めて。
「今このロープが目の前でピタッと止まったら、死んでやろうかな」
とか思うんです。
それくらい、ずっと、ずっと、己の死という概念と向き合い続けなければならないと個人的には思う役です。
この前の初回稽古の読み合わせの時、衝撃な事が起こりました。それが今回ブログを書こうと思ったキッカケです。
やはり1年も経つとセリフは面白いくらいに頭から消えてて、まずいぜ……!って思いながら必死に台本を目で追ってたんですが、読み合わせ中、確かに覚えている箇所がチラホラあるんです。
体が、脳が、勝手に覚えてる前回の記憶ってヤツ。
ピタッと、何かがハマる瞬間に鮮明に蘇ってくるあの苦しみ。
そして再演なので多少セリフや演出も変わるのですが、その違いに対する謎の感情。
その狭間でギチギチになって、頭がいっぱいでした。
灯組は私以外みんな違うキャストさんなので、当たり前なのですがセリフの言い方も間合いも、立ち位置も、何もかもが違う。
確かに同じ場所にいるのに、違う感覚を浴び続けること。
嫌なのに愛おしくて、不思議な感覚でした。
何よりユメの感情が、前回の稽古時よりもっと深く感じられるのです。
それはこの1年で私が弱くなったのか何なのか、それとも前回の本番中に出来上がった何かがあるのか、そこまではわかりませんが
痛いくらい苦しくて、謎の新しい扉をノックしている気分でした。
これが稽古を重ねるにつれ、どうなっていくのか。
今からワクワクとドキドキが止まりません。
とりあえず、笑おう。
苦しくても笑うのだ。
それがユメという人間なのだ。
文字通り等身大で、私はユメという人間が生きている証を遺すのだ。
私も人生の中で「笑顔」にかなり重点を置いて生きてるよ。
笑ってたいもんね、なるべく。
幸せでいたいもんね、なるべく。
ただ、幸せでありたいと願うだけなのに、どうして上手く生きることが出来ないんだろうね。
死にたくて、私達は笑ってる訳じゃないのにね。
生きたいから苦しいことにも立ち向かうのに、どうして死にたいは楽しくないんだろう?
いや、わからん。楽しいのかもしれん。
わかりたくないな。
何もかも。
ということで、鶴野の当分の目標は『闇堕ちしない』です。
まぁなんといっても私の強みはこの文を読んでくれているあなたがいるという所なので。
お力貸してくださいね。
お互い生きていこう。
今回は舞台終わって感想書けるといいな。
書けなくても許してね。
あでゅー!