「残念なお知らせです。この私立星煌女子學園の終了時間が訪れています。崩壊まで時間がありません。……騒がないで、静かに。このメインホールは最後まで崩れません。ただ外は危険なので絶対に出ないように。そしてエトワールの発表ですが、時間がありませんので現実世界での理想の達成をもって発表とさせてもらいます。おそらくもうすぐで強制ログアウトされ、皆さんは現実世界での目覚めになるかと思います。現段階で質問のある方は?」
 ざわめく講堂。そこに集められた生徒は、激しく動く心臓を必死に深呼吸で抑えながらも、溢れ出る不安や期待、或いは興奮や恐怖が抑えきれていなかった。そんな空間に「はい」と凛とした声が響く。
「はい、カノンさん」
 壇上から、どうぞと手を差し出され、カノンと呼ばれた女生徒がいそいそと立ち上がる。
「この電脳世界での記憶は今まで起きても朧気にありましたが、崩壊した後にもきちんと残るのでしょうか?残らない場合、エトワールになっても実感がないと思うのですが」
 その言葉に「ほんとじゃん」「詐欺じゃんね」「やっば、こんなに頑張ったのに」と、他の生徒の声が乗っかる。それに対して壇上に立っている凛とした佇まいの女性教師、イヌビワは、ぴしゃりと言い放った。
「困ることはなにもありません。エトワールになれば、約束された未来が現実世界で用意されます。つまり、エトワールになった実感がなくとも充実した毎日を過ごせる。何の問題もないでしょう。それとも皆さんは、自分はエトワールになれないから困るとでも?」
 イヌビワの問いに、カノンは不服そうに座る。先程まで騒いでいた生徒達も黙り込んでしまった。イヌビワが言葉を続ける。
「エトワールになれる素質があるから、貴女達はこのセイコウ学園に、……私立星煌女子學園に入学出来たのでしょう。最後まで誇りなさい。そして己を信じなさい。自分こそがエトワール、目覚めても一番星なのだと。……他に何かありますか?」
「はい、イヌビワ先生」
「ハナビさん、どうぞ」
「えぇっと……。純粋な質問なんですけど、エトワールになれなかった場合は今まで通りの生活なわけですよね。記憶も残らなさそうなので……」
 可愛らしい黒髪ロングの少女から、質問が飛び出す。先程まで黙り込んでいた生徒達が、またざわめき始めた。質問を受けたイヌビワが、少し眉をひそめてから、そっとこめかみに指を添える。そして少し間を置いてから、口を開いた。
「……まだ、確認中なのではっきりと答えることは出来ません。ただ、先程も言ったように今はエトワールになれた未来を想像しなさい。未来はきっと明るい。そう願いなさい」
 ざわめきは一層増し。イヌビワが「静粛に」と声を張り、ようやく少し落ち着いた。
「学園長から伝言です。『エトワールになれば約束された未来がある。命を懸けて戦った貴女達には幸せになる理由がある』と。私もそう思います。皆さん、目が覚めても強く、逞しく、美しく在りなさい」
 どの生徒も自分が一番だと、エトワールだと信じていた。ただ同時に、自分が本当にエトワールになれるのか?と疑問も抱いていた。なぜならここにいる生徒達は皆、弱者だからだ。現実世界に恐れ、諦め、命を手放そうとした人間もいた。そんな彼女達は必死にこの電脳世界で戦った。その時間は尊かった。
 崩壊していく学園の中で生徒達は思う。目が覚めた時、またあの地獄の中なのか。エトワールになった未来なんて想像ができない。強くあろうとしても無駄だったのに、どうこれから足掻いていけば。
「もうすぐ時間のようです。各班、班員に言い残した事があるならば今のうちに伝えておきなさい」
 イヌビワの言葉を受けて、一人の生徒が泣き出す。それにつられて泣く生徒もいれば、「嫌だ」と癇癪を起こす生徒、頭を抱える生徒、諦めて笑う生徒と、メインホールは阿鼻叫喚だった。
 Dの四班も、お互いに顔を見合わせる。そのうち、カノンがくすりと笑った。
「言い残した事があるなら今のうちに伝えておきなさい。って、まるで私達死ぬみたいですね。最期の言葉的な?」
「縁起でもない事を言わないでほしいですわ。私達は死ぬ訳ではなく、生まれ変わるんですもの」
「生まれ変わる、ねぇ……。エトワールになれてたらええんやけど」
 周りが騒ぎ立てる中、まるで休み時間のように、小鳥のさえずりのように、くすくすと笑い合う。そんな中、ハナビは三人を見渡した。
「私達もきっと目が覚めたら何もかもを忘れているだろうけど、何かが変わっている気がします」
「ハナビさん?」
「私、わかったんです。ここに来た理由を」
「どないしたん」
「……本当は私、エトワールなんてどうでも良かったんです。ただ、あわよくば死んだ理由だけ知りたかった」
 ハナビの言葉に、三人は首を傾げる。
「私、本当は……。本当は……」
 ガタガタとメインホールが揺れ出す。悲鳴が響き渡り、一人、また一人と強制的にログアウトされて消えていく。
「どうか皆さん、現実世界でも笑って!死なないで!生きて!」
 思いっきりハナビは叫んだ。
「善処します!」
 それを受けたカノンは目一杯笑って、消えた。
「当たり前ですわ」
 ツバキは優しく微笑んで、消えた。それからコトノは。
「うちも生きててええと思う?」
「当たり前じゃないですか!」
「……ほんまに?」
「はい!」
「……。ありがとうなぁ。……ごめんなぁ」
 涙を浮かべて、笑って、消えた。
 そして最後。壇上の上にある校章。ハナビはそれを、目に焼き付けるように見上げていた。
「ハナビさん」
 いつの間にか隣に来ていたイヌビワを、ハナビは横目で見る。今はただ校章から目を離したくはなかった。彼女の生きた証が、ここにあったのだから。
「貴女は、確かに似ています」
「……」
「ダイヤ、……いいえ、それは私が付けた偽物の名前ですね。……彼女に、貴女は似ている」
「そうなんですね」
「……ここに来て、何か変わりましたか?」
「さぁ、どうでしょう……」
「……」
「……ねぇ、先生」
「はい」
「正解、ってなんでしょうね」
「正解とは?」
「私たちの人生に、正解なんてないんだろうけど。だけど、少しでも良い人生を歩みたいじゃないですか」
「そうですね」
「……少なくとも私は、死にたいだなんて思った事はありません。……あの一瞬以外は」
「……」
「僕はいつだって待ち望んでいる。苦しみも憎しみもない、優しい世界。魔女も、ここにいるすべての登場人物も、みんなみんな、笑顔で」
「ヘンゼルのセリフですか?」
「いいえ、私のセリフです」
「……そうですね。あなたのセリフでした」
「イヌビワ先生。ありがとうございました」
「私は何もしていませんよ」
「……先生、目が覚めたら本当にここの事を忘れちゃうんでしょうか」
「さぁ、どうでしょう……」
「……」
「……ハナビさん」
「はい」
「正解などありませんよ」
「……!」
「私たちの人生に正解などありません。だから満点も赤点もないのです。平均点を取る必要も、ないのです。どうぞそれを、忘れないで」
「……はい」
「時間ですね」
「はい」
「さようなら」
「さようなら、先生」

 崩れたメインホールの天井から差し込む光は、とても、綺麗だった。イヌビワは確かにそう思った。