「シンデレラ的には、犯人はツバキだと思いま〜す」
「はぁ?ていうか、名前を出さないでもらえるかしら?今の私はグレーテルですわ」
「じゃあ、グレーテルが犯人だと思いま〜す」
「意味がわからないですわ!」
教室。Dの四班の四人。各々が役名を書いた紙を首から下げて、疎らに立っていた。
「はぁ……。一旦やめやめ。メイちゃんもツバキちゃんも真面目にやってやぁ〜」
「メイは真面目にやってるもん」
「……」
やれやれと溜息をつくコトノに、ふてくされるメイに、黙り込むツバキ。その空気は最悪で、ハナビは気まずそうに他のメンバーの顔を伺っていた。最終日の前日というのに全く纏まりそうにない。
やがてメイは『シンデレラ』と書かれた紙を首から外すと、椅子に座ってだらけてしまった。その姿を見てツバキは大きな溜め息をつく。どうしようもなく重い空気にコトノは二度手を鳴らし「一旦休憩にしましょ」と言った。
「どうせエチュードなんだし、練習しても意味なくな〜い?」
「そんなことあらへんよ。ちゃんとお互いの呼吸とか読めるようにならんと」
「別にメイ達の息が合っても、エトワールになれるのは一人だけなんでしょ?」
「……メイちゃんは、そんなにうちらの事嫌い?」
「嫌いなわけないよ!」
ただ、興味がないだけ。
メイがけろりと言ったその言葉は、教室の空気をこれでもかというくらい最悪にする。イラついたのか、ツバキは首から下げている『グレーテル』と書いてある紙をぐしゃりと握った。
「……でも、この中から犯人見つけないと、そもそもエトワールになれないわけですしね」
『ヘンゼル』と書かれた紙を首から外し、ハナビは俯く。最後に『眠り姫』と書かれた紙をぶら下げたコトノもそれに倣うと、教壇に立った。
「なら、一人ずつ自分が思う犯人と弁明を発表しましょ。そのあとはもうこの話は一旦置いて、明日のエチュードのテーマを決める」
「はぁ?何コトノが仕切ってんの?」
「うちはツバキが犯人やと思ってる。けど、メイの態度見て、メイが犯人かもしれんとも思い始めてる」
「はぁ?」
「流石に態度悪すぎやろ。協調性って習わんかった?それとも何?あぁ、まだ幼稚園行ってんのなら理解できへんか」
「っ、あんた、そんな性格だったんだね。今まで猫被ってたってわけ?」
真っ向から言い合うコトノとメイを、ハナビはハラハラとしながら見守ることしか出来なかった。助けを求めてツバキの方を向いてみると、彼女は思っていた以上に冷たい表情をしていて。思わずハナビは息を飲む。
このままじゃダメだ。どう足掻いても良い方向には行けない。でも。
「良い方向に行くのが私たちの目標……?」
小さく呟いた声にツバキが顔を向ける。けれどそれにハナビは気付かないまま、思考を続けた。
私たちはどうなるべきなのか。私はどうなるべきなのか。エトワールになる為に必要なものは?
「はぁ……」
ツバキが大きく息を吐く。そして「やめましょう」と言った。その声量は大きいわけでもないのに、やけに教室に、冷たい温度で響いた。
「不毛な会話はやめましょう。無駄な時間ですわ。犯人探しは協力してするわけでもないのだから、それぞれが心の内で探せば良いでしょう?それより今は、エチュードのテーマ決めを優先するべきだと思いますの」
「はっ、今度はツバキが仕切るって?」
「メイ。貴女、言ってることとやってることが矛盾していますわよ。お気づきになられて?」
コツ、コツ、と。ツバキのローファーが音を鳴らしてメイに近づく。
「私達に興味がないと言いつつも、歯向かうのはどうして?本当に興味がなければ、……頭に血はのぼらないはずですわ」
メイが大きく息を呑む。たらりと汗が一雫、メイの頬を撫でた。
「可哀想な子」
その一言で、メイが崩れ落ちる。そして言葉にならない呻き声をあげながら、自分自身を強く抱き締めていた。張り詰めた空気は崩壊し、いたたまれないものに変わる。
『あの子がツバキちゃんの正義に反するような事したら自殺に追いやるかもしれへん』
コトノの言葉が、不意にハナビの頭の中でフラッシュバックする。
実際あの時私と二人だった時も同じような事に陥った。ツバキの言葉や態度は威圧感以上の何かがある。抗えない何か。そう、ツバキの言葉は痛い程に正論なのだ。自分が最も避けている嫌な所を、真っ向から言われたらたまったもんじゃない。
「ずっと、ずっと。貴女を見ていて思っていたの。どうして貴女は、見え透いた上っ面で生きているのかしら?中身のない言動の意味は?」
「う、ぁ……」
「私はね、メイ。貴女を犯人だと思っているのよ。ダイヤがいなくなってから、貴女は露骨に荒み始めた。元々荒んでいたけれど……。それでも、目に見えて貴女は変わってしまった」
ツバキがメイの前にしゃがみこむ。メイはまるで余命宣告を受けたかのように震えていた。
「貴女は嘘をつくのが下手ですわね。いつもダイヤと喧嘩している時も、ダイヤに対する僻みか何かが滲み出てたわ。羨ましい、妬ましい、……そう思ってたんじゃなくて?」
するりとメイの頬を、ツバキは指でなぞる。息をするのも忘れそうになるくらい、ハナビは目の前の二人に見入っていた。まるで、舞台のワンシーンのようだと思った。
「ちが、メイは……」
「ダイヤもよく言っていたでしょう。『私に突っかかるくらいなら、もっと努力しなさい』って。その意味がちゃんとわからなかったのかしら」
「やめて……」
「貴女には努力が足りないのよ。周りを下に見て優位に立とうとしている。でもそれじゃあ何も実らない」
貴女じゃ、エトワールにはなれない。
静かに流れたメイの涙は、教室の窓から差し込む日に照らされてキラキラと光った。一度溢れたら止まらなくなった涙が、添えられていたツバキの指を伝っていく。すると、動けないハナビを他所にコトノは乾いた声で笑った。
「なんでツバキちゃんは、ダイヤの言葉を覚えてるん……?」
その言葉にメイはハッと目を見開き、頬に添えられている手を叩いて遠ざける。そして涙を拭いながら立ち上がると、ふらふらと数歩分後退した。
「ほんとじゃん……。なんであんた、ダイヤの事、覚えてないって」
遅れてツバキも立ち上がると、表情を何一つ変えずに話す。
「ほとんど覚えていないとは言いましたけど、覚えている事はちゃんとありますわ」
「なんでっ……?あんた全然ダイヤと話してなかったじゃん!」
「貴女達の知らないところで何度か話したことはありましたわ。彼女の思考はとても興味深いものでしたから。その影響で覚えているのだと、私は思っていたのだけれど。逆に貴女達は本当に何も覚えていないのかしら?」
問われたメイとコトノが黙り込む。その反応を見たツバキはハナビに近寄って、机に置かれた『ヘンゼル』の紙を手渡した。
「貴女は誰が犯人だと思いますの?」
突然標的が自分に向いて、完全に油断していたハナビは口を開けてポカンとしてしまう。それから少しして、紙を受け取ると思案した。
まずはコトノ。コトノは最初こそ優しいお姉さんだと思っていたけど、その実誰よりも弱い。挑むことより諦めることを先に覚えた彼女はダイヤと仲良くしていたみたいだけど、それも弱さ故な気がしてきた。ツバキを犯人だとずっと言っているけれど、ツバキと話しているところは意外にもこの数日間見ていない。
そのツバキはコトノとは真逆で強い。メンタルがDの四班の中で一番強いんじゃないかと思う。その強さはおそらく彼女が努力を惜しまないからであり、そこに絶対的な自信を持っているから。しかし、その自信は近寄った人間全てを傷つけてしまう刃になってしまう。だからなのか、この数日間基本的に一人でいることが多かった。ツバキはメイを犯人だと言うけれど、彼女が言っていた『嘘をついている人間達』の中心に恐らくメイがいるのだと思う。
現にメイはDの四班で一番色んな顔を見せていた。いつもはケラケラと明るく笑顔でみんなに話しかけていたけど、レッスン中に飽きたとサボったり。あとは、不意に見せる無表情がやけに怖かった。二人で話した時にも感じたけど、彼女の雰囲気は掴めない。自らを『弱者』と呼ぶ表情は、いつも泣いているように笑っていた。
「……」
弱者である私たちは電脳世界に来てもこうなんだろうか。誰かを羨み、妬み、焦がれ、憎み、そして自己嫌悪に陥り。自分の望む世界を手に入れる為にたくさんぶつかり合っていく。こんなにもみんな必死なのに、みんなが報われることはないのだろうか。……ダメだ。綺麗事ばっか考えちゃう。
思考回路がぐちゃぐちゃになっていくハナビを見て、ツバキは一歩近づこうとする。
その時、ガラリと大きな音を立てて教室のドアが開いた。
「すいません、無事生還致しました!……ってあれ?すいません、お取り込み中でしたかね……?」