「残念なお知らせです。共に学び共に成長してきた仲間の一人が、お亡くなりになりました。場所はメインホールのステージ上。時刻は午前の自主練中。そして自殺か、他殺か、などはまだ捜査中です。他殺の場合、犯人はまだ学園内にいるとのことで、学園長からログアウト禁止令が出されました。皆さんは自主的にはログアウト出来ない設定になっているので注意してください。また、本来ならば自殺行為や殺傷行為が確認された時点で強制ログアウトとなるはずです。そこのシステムも現在確認中となっています。皆さんは冷静な心をいつでも持つように。ここまでで質問のある方は?……いないようですね。続けます。ログアウトが出来ないということで、カリキュラムの変更があります。明日から一週間、皆さんにはエトワール合宿を行っていただきます。寝泊まりは学校内の各教室を振り分けていますので、後ほど配るプリントを確認するように。合宿の内容としてはさほど普段と変わりません。毎日一日、現実世界で言えば毎日一時間登校していただいていたものを、連続七日間、つまり現実世界では七時間の睡眠ですね、してもらうというものです。そして早いですが、合宿最終日にエトワールを決めたいと思っています。……騒がないで、静かに。……詳しいカリキュラムの方も、後ほどプリントを配るので確認してください。はい、ここまでで分からないことは?」
 しんと静まり返った講堂。そこに集められた生徒達は、激しく動く心臓を必死に深呼吸で抑えながらも、溢れ出る不安や期待、或いは興奮が抑えきれていなかった。そんな空間に「はい」と少し不安げな声が響く。
「はい、カノンさん」
 壇上から、どうぞと手を差し出され、カノンと呼ばれた女生徒がゆっくりと立ち上がる。
「あのう……。明日から一週間の合宿ってことは、今日の分も合わせて八時間睡眠ということに現実ではなりますよね……?それだと、その、色々と困ってしまうんですが……」
 その言葉に「私も」「ほんとだ、遅刻確定」「やっば、連絡も遅れるじゃん」と、他の生徒の声が乗っかる。それに対して壇上に立っている凛とした佇まいの女性教師、イヌビワは、ぴしゃりと言い放った。
「困ることがあるならエトワールになりなさい。エトワールになれば、約束された未来が現実世界で用意されます。つまり、困ってしまう未来さえも、思うがままなのです。何の問題もないでしょう。それとも皆さんは、自分はエトワールになれないから困るとでも?」
 イヌビワの問いに、カノンは目線を逸らし座る。先程まで騒いでいた生徒達も黙り込んでしまった。イヌビワが言葉を続ける。
「エトワールになれる素質があるから、貴女達はこのセイコウ学園に、……私立星煌女子學園に入学出来たのでしょう。誇りなさい。そして己を鼓舞しなさい。自分こそがエトワール、一番星なのだと証明しなさい。……他に何かありますか?」
「はい、イヌビワ先生」
「コトノさん、どうぞ」
「えぇっと……。純粋な質問なんですけど、うち達はこの学園内で死んでしもうたら、現実ではどないなりますの……?」
 可愛らしい三つ編みおさげのコトノから、衝撃的な質問が飛び出す。先程まで黙り込んでいた生徒達が、またざわめき始めた。質問を受けたイヌビワが、少し眉をひそめてから、そっとこめかみに指を添える。そして少し間を置いてから、口を開いた。
「……まだ、確認中なのではっきりと答えることは出来ません。ただ、睡眠中に意識だけ消滅したらどうなるのか。……それくらいは皆さんも想像が出来るでしょう」
 ざわめきは一層増し。イヌビワが「静粛に」と声を張り、ようやく少し落ち着いた。
「学園長から伝言です。『エトワールになれば約束された未来がある。その為ならば命を懸けて戦いなさい。一番になるということは、それだけの覚悟が必要』と。私もそう思います。皆さん、これは決して遊びではないのです。ここは学び舎。そして何より、夢を叶える場所なのです。甘えは捨てなさい。強く、逞しく、美しく在りなさい。……他に、なにか質問がある方は?……いないようですね。ではここで、転入生を紹介します。皆さんと共に合宿を乗り切る新たな仲間ですから、笑顔で迎えてください。さぁ、ほら、ここまでいらっしゃい転入生さん」
 こんな状況で誰が笑顔で迎えられるのか。そんな事を思い思いに心で呟く。しかし、壇上に現れた転入生に一瞬で全員が呑まれた。
 艶やかな長い黒髪は歩く度に美しく揺れ、風を感じさせる。そして歩く足や手は、制服の上からでも完璧な曲線美なのが理解出来た。何より正面を向いた時にはっきりと見えた瞳が、あまりにも綺麗な茶色で、かつ全ての輝きを閉じ込めたような美しさで、感嘆の息が思わず漏れる。
「……ハナビ、です。よろしくお願いします」
 花をくすぐるかのような可憐な声が、講堂全体に響いた。誰もが目を奪われていた。転入生、ハナビに。
「ハナビさんはDの四班に加わります。皆さん、仲良くしてくださいね。ということで緊急集会を終わります。このあと皆さんは各教室に戻りプリントを確認するように。あと、Dの四班のみ、学園長室に来てください。では、解散」
 皆がハナビの存在に後ろ髪を引かれながらも、講堂を後にする。Dの四班、と呼ばれた四人は少し罰が悪そうな顔で立ち上がり、壇上のハナビの方へ向かった。そうしてそのうちの一人、先程質問をしていたコトノが優しく手を取り、五人となったDの四班も、講堂を後にする。ハナビはされるがままついて行ったが、出る直前で一度立ち止まり、振り返った。振り返った視線の先、壇上の上にある、校章。ハナビはそれを、目に焼き付けるように見上げていた。