梅雨が明ければ、それと同時に夏がやってくる。蒸し蒸ししていた天気は、あっという間にカラッとしたものになる。雨の音が消えれば、次に聞こえるのはセミの鳴き声。
なんでもない喫茶店に、夏が来ました。
朝が一番楽しいのは、ズバリ夏だと私は断言します。夏の朝は早起きするととても楽しい。静かだった夜から朝日が昇ると、たくさんの虫の声がわんさか聞こえてくるのは、なんていうか夏の特権だ。
もちろん他の季節の朝も楽しい。けど、夏にワクワクしたみんなが活動しだす朝は、なんともたまらない。小鳥たちのさえずりだって、いつもより楽しそうに聞こえるのは、私の妄想でしょうか。
私自身早起きはそこまで得意ではないですが、夏だけは早起きが出来るのだって、きっと神様が「早起きすると最高だぞい」みたいなことを言ってくださっているが故なのだろう。
「神様の性格が迷子ですね……」
うんしょと一度背伸びをして、まだ完全に起きていない体を動かす。それからテーブルを布巾で拭いていくと、ふと神様のビジュアルが気になってしまった。天使と悪魔ならぬ、神様と神様が私の頭の中で騒ぎ出す。
「わしは良い感じのおじいちゃんじゃい」
「私は普通のおじいちゃんじゃぞ」
……。おじいちゃんとおじいちゃん……。神様と神様は、夏を喜ぶかのように楽しそうに話す。どうやら私は暑さにやられているのかもしれない。と、そこで、私は店内の冷房をつけてない事に気づいた。
危ない危ない。夏に喜びすぎて、熱中症になってしまう所でした。脳内の神様には申し訳ないけれど、涼ませてもらってスッキリしよう。
ピッと操作をして、冷気を店内に送る。あっという間に店内はちょうどいい温度になり、私は窓からそっと外を見た。
「この背徳感が、たまらんのじゃぞい……」
口から出た言葉は、はてさて私の言葉なのか、脳内の神様なのか。どちらかはわからないけど、どちらも幸せな事だけはわかって、私は思わず笑みを零す。
そして、暑そうな外を見ながら涼しい場所でやることといえば。
「う〜ん……開店までまだ時間ありますし……」
よし。と意気込み、カウンターにてチリンチリンとベルを鳴らす。そうすると待ってましたとばかりにキッチンからアイスが乗った器が出てきて、私はルンルン気分でカウンター席に座った。
これこれ。これですよ。夏の醍醐味。
暑い外で食べるアイスも美味しいだろうけど、暑そうだなぁと思いながら室内で食べるアイスも格別に美味しいのです。冬に暖房の効いた部屋でアイスを食べるのと、ちょっと似てる感覚。
涼しい店内とはいえ、どんどんと溶けていくアイスをはむはむと食べながら、私は夏が来たと再確認した。
アイスを食べると、なぜか喉が渇く。夏に飲みたいといえば、……やっぱりここは、アイスココアですね。
「な〜つのアイスココアは〜、特別な味〜♪」
なんて鼻歌を奏でながら、ゆっくりとココアを作っていくと、不意に自分を俯瞰的に見たような感覚になる。
最高に今、優雅だ。優雅のトップに君臨してしまったかもしれない。夏を感じながら夏アイスを堪能し、これから夏アイスココアを飲むという、素晴らしい時間を過ごしている。
「夏のスタートダッシュ、成功じゃぞい」
なんて呟いて、出来上がったアイスココアを、一口。
「う〜ん、最高ですね……」
この夏はたくさんのお客様と出会い、話し、別れていくのでしょう。そんな素敵な季節に、きっとなる。春夏秋冬どの季節も尊いですが、夏になった今は、夏を全面的にプッシュしちゃおう。残念ながら海とかお祭りとかは、喫茶店営業があるので行けないけれど……。でも代わりに私は、誰よりも夏の匂いを、景色を、出会いを、大切にしよう。なんでもないこの夏を、堪能しよう。だってまだ夏は始まったばかり。期待は膨らませれば膨らませるほど楽しい。
そうですよね、神様。
「あたり前田のクラッカーじゃぞい」
カランカラン、と鈴の音が鳴る。さぁて、今日も楽しく営業開始です。
ようこそ、なんでもない喫茶店へ!