雨の日。
って、皆さんは好きですか?嫌いですか?
雨が好きな人の理由としては、あの匂いとか音とか、お気に入りのレイングッズがあるとか、あとは素敵な思い出があるとかだろうか。うんうんわかるわかる。
逆に嫌いな人の理由は、濡れてしまうからとか、傘をさすのが面倒だとか、逆に嫌な思い出があるとかだろうか。うんうん、大いにわかる。
私はというと、雨の日は最高に大好きで最高に大嫌いだ。矛盾しているのは重々承知。でも本当にそうなのだから仕方ない。
雨は、素敵な世界へ導く音であり、カーテンなのだ。好きな時も、嫌いな時も、平等に雨は降る。私たちの心を、濡らす。
今日は、そんな雨を堪能する日にしましょう。
お昼時にもかかわらず、外は暗い。この感じが好き。たまに遠くで雷が鳴ってる気もするけど、大丈夫。怖くない怖くない。
作業していた手を止め、ぐっと腕を伸ばす。今は多分お客様は来ないだろう。こういう時の予感は大抵当たる事を私は知っているから、ちょっと作業は後回しにしちゃおう。
カウンターからするりと出て、店内で一番外が見える窓辺の席に座ってみる。頬杖をつき外を見れば、しとしとと雨が窓を濡らしていた。
う〜ん、良い音。
私は雨の音がたまらなく好き。たくさんの擬音語で表せそうなこの音達は、癒しを与えてくれる。
ぽつぽつ。ぴちゃぴちゃ。ざぁざぁ。ぴとぴと。ぽちゃぽちゃ。さーさー。ぱたぱた。ぺぽぺぽ。
「……ぺぽぺぽ」
口に出してみたい擬音語に出会ってしまった。ぺぽぺぽ。
雨の音、雨が窓に当たる音、時計の針の音、私の発する擬音語。それらは元々かけている店内BGMの仲間入りをして、素敵な音色に変わっていく。
いいなぁいいなぁ。ずぅっと、この時間を過ごせる気がするなぁ。
すると、店内BGMが不意に途切れた。おそらく次の曲に行くまでの数秒間なのだろうけど、その瞬間だけ雨の音しか聞こえなくなって。束の間の、静寂だけど静寂じゃない空間が訪れる。しーんとした店内に、雨の音が、ぺぽぺぽ。
そんな永遠に続きそうな静けさも、次の瞬間にはまた店内BGMが流れて終わりを告げる。優しげなギターの音色は、店内にベリーベリーぴったりだ。思わずにやけてしまう。
……そういえば、雨はたくさんの名前や意味を持っていたっけ。昔から色んな表情として描かれてきたくらいなのだから、その数は無限大なのだろう。
不意にそんなことを思い出したら気になってしょうがなくて、窓の外を見ながらテーブルにうつ伏せになる。
例えば、今の雨は季節的に表すと梅雨。他にも季節ごとに名前は変わっていく。最近から数えると、春雨、紅雨、五月雨、梅雨。とかか。そして梅雨の中でも実は色々名前がある。梅雨入り前に続く雨は走り梅雨。梅雨の最後の辺りの激しい雨は、暴れ梅雨。梅雨の終わりの雷を伴う雨は、送り梅雨。もし梅雨が明けたのにまた降ったなら、それは返り梅雨。雨が少ない梅雨は、空梅雨。……あぁ怖い。梅雨がゲシュタルト崩壊してきた。
ともかく、梅雨だけでこんなにもたくさんの種類があるのは正直すごいの一言に尽きる。
他にも好きな雨の名前は、夏だと有名な夕立とか、洒涙雨とか。秋だと冷雨とか、霧雨とか。冬だと、氷雨とか、時雨とか。時雨にも梅雨みたいにいくつか名前があるんだけど、雨って単語までゲシュタルト崩壊してきたから今回は触れないでおこう。
「……あめ、あめ、あめ」
どんな漢字だったのかわからなくなってきた。危ない。
えっと。雨。
他にも雨は、降り方やシチュエーションによっても名前を変えていく。オシャレなのだと、翠雨とか、甘雨とか?全部は覚えられないけど、雨が降る度にこの雨はどんな名前なんだろうな、なんて思うと、ちょっと雨に親近感湧いちゃいそうですね。
チリンチリン。
キッチンから軽快なベルの音が聞こえる。どうやら料理長の試作品が出来上がったみたいだ。こうやってお客様が少ない日は新しい飲み物や食べ物を作ってくれるのだけど、これが私の密かな楽しみだったりする。雨をもうちょっと見ていたいけれど、好奇心には勝てないな。
ガタッと立ち上がり、キッチンに向かおうと体の向きを変える。と、そういえばやけに雨の音が今日は大きいなと思った。違和感になんとなく別方向を見てみると。
「あぁっ!」
店内の一箇所だけ、窓が少し開いていた。そこから雨がテーブルやら椅子を濡らしている。
なんてこった!
慌てて窓を閉めるも、濡れたものはすぐには乾かない。
……これだから雨は嫌いなんです。面倒くさい事が増えがちなのは、どうも厄介で仕方ない。でも、これは雨ではなく私が悪いのであって……。ぐぬぬ……。
チリンチリン。
またベルが鳴る。「今、行きます」と伝え、恨めしそうに濡れたテーブル達を見てから、私はキッチンへと歩みを進めた。そして入る一歩手前で、なんとなくさっきまで座っていた窓の方を見る。
……雨は、嫌な事もあるけど、やっぱり私はどちらかと言うと好き。だから、もう少しだけ今日は降ってるといいな。止まない雨はない、なんて言うけれど、今日だけはもうしばらく堪能していたい。あわよくば、私が試作品を満足いくまで味わい終えるまで、この喫茶店を包んでいて欲しい。
雨を引き止める、なんてちょっとキザかも。でも悪くないなぁ。なんて。雨がテーブルを濡らしたのは、私を引き止めたかったのかなぁ。なんて。
そう思ってると窓の外が光って、大きな雷の音が鳴り響く。びっくりして思わず足先を壁にぶつけて痛みに悶えた。
いや、別に、雷は怖くないですから!
雨を好きな私も、嫌いな私も、壁に足先をぶつけて痛がってる私も、今日それを知っているのは窓の外の雨だけ。
テーブルを濡らしたイタズラな雨を知っているのは、私だけ。
雨との秘密共有は、悪くないかもしれませんね。