春眠、暁と疼く心を覚えず。
そんなことわざを知っていますか?……え?知らない?おかしいなぁ、私の中ではメジャーなものだとばっかり。って、私の改造したことわざなんだった。
というのも、事実なのだから仕方がない。私は春の陽気に当てられると、いかんせん朝が起きれなくなるし、起きたら起きたで心のある部分が疼き出す。もちろん、病気ではない。いやある意味病気なのかもしれないけれど……。
毎朝の日課、喫茶店の掃除をしながらぼんやりとした頭をふるふると振る。少しでも眠気が消えればと思えど、なかなか消そうと思って消せるもんじゃあない。ふわぁあ、と大きな欠伸が思わず零れた。
あぁ眠い。ねむねむすぎる。あぁ眠い。
そんな全くもって中身のない俳句を頭の中で生み出しつつ、箒を力無く動かしてみても、無意識に口から出る独り言はといえば
「こんな春の暖かい日は全国民ねむねむしていい日に設定したい……」
とかいう意味のわからないものばかり。……わかってはいるんです。いい大人が、朝が大の苦手で知能指数が底辺まっしぐらな事が傍から見てよろしくないことが。でも、いつ人は朝を作って、その朝は活動し始めなければならないと決めたんだ。動物的本能だとしても、どうしてその中の人間は学校に行ったり仕事をしたりしなければいけないんだ。昼からでもなんとか出来ないのかなぁ。うーん、だけど昼もぽかぽか日和だと眠いしなぁ。
私の朝に対する感情は知らず知らず、もくもくもくと膨らんでいく。そしてその感情は疑問や怒りを通り越してしまえば、ある覚醒をしていくのだった。
秘技、お掃除サボりも悪くない(クリーニングサボリ・ワルクナイ)
箒を壁に、えいっ!と置けば、私は窓際の席に座る。そしてする事はただ一つ。
「ぐっ……。これはテーブルの引力のせい……。仕方があるまい……。私にまだ力が足りないが故、こうなってしまう……」
精進あるのみ、精進あるのみ。
そう言いながらテーブルに全力で突っ伏す。春の陽気にあてられたテーブルはこれ以上ないほどにポカポカ状態で、身も心も安らいでいくようだった。ここが、私の安寧の地。誰にも邪魔させない、さんくちゅあり。
そのまま目を瞑れば、視界は途絶えど脳内が私にお花畑を見せてくる。ここが桃源郷なんだな、と、笑顔で寝転べば、とても綺麗な青空が広がっていた。
空といえば、春の空は雲が多いってどこかで見たような聞いたような。なんでだか知らないけど、ちょっと気になってきた。花曇り、なんてシャレオツな名前も確かあった気がする。なるほど、雲がお花みたいだからなのかなぁ。違うとしても、そう思うとなんだかほっこりするなぁ。
「あの雲は春の訪れを知らせるサクラ……。あの雲はチューリップ……。あの雲はわたあめ……。あの雲はビフテキ……」
寝転がったまま空に片腕を伸ばし雲を指さしていけば、いつの間にか口から出る料理名。
おっといけない。くいしんぼすぎるのは私のダメなところ。雲がビフテキに見えるのは我ながらちょっと危ない。んん、でもビフテキの気分になってきてしまった。だからといってこのお花畑から起き上がるのも体力を使う。だけど。
ぐっ、っと大きく伸びをして、よいしょと上半身を起こす。偉い。とっても私は偉い。(ビフテキ効果で)きちんと起き上がって活動しようとしている。といっても見渡す限りお花畑で、どこにいけばいいのやら。私は喫茶店の店長です。喫茶店に戻らねば。
……目を覚ますと、いつの間にか太陽は朝よりももっと上に、すなわち昼の頃合いの場所にあるようだった。どうやら私はテーブルに突っ伏したまま寝てしまったらしい。
いけないいけない。仕事はサボタージュしてはいけないって、私の心の中の理性が言っていた。お客様がその間来店されなかったのが唯一の救い。否、お客様がいないからといってサボタージュしては……。
「……」
さて、と。たまにはこんな日も許されるだろう。本当はダメだろうけど、このなんでもない喫茶店は年中無休。それ故、時たまゆるゆるしたって、バチはきっと当たらない。その分今からはしっかりとお勤めを果たすつもりだ。
「そうだ、今度お店にサクラソウでも飾ろう。それでもって今晩のメニューはビフテキにしよう。ビフテキといえばこの前雑誌で見た味付けで食べたいな……」
疼く心は、抑えられないけれど。