これは、ウルトラキラー、始まりの物語。

 

  彼はいつも、夢を見ていた。霧の立ち込める荒涼とした惑星、その空には不気味に歪んだ星空、その高台の上には、錆付き、鎖が垂れ下る5つの十字架が並んでいる。十字架には目から光を失った、赤と銀の体色をした巨人が4人架けられており、一つの十字架は余っている。彼等の胸に輝く青い宝石から放たれた光が彼の胸の発光器官へと送り込まれ、その度、巨人たちは力を失ったかのようにがくりと頭を垂れた。

 

 そして場面は飛び、奪い取ったその力で、彼は別の巨人を追い詰めていた。だが、残されていた力を十字架から送られたその巨人は虹色に輝く光球を放ち、そこで視界がぐにゃりと歪み、消える。

 

 続いては、大都会。眼前に立つ巨人に対し、何者かの指示で技を繰り出す。

 

 これは一体何の…誰の記憶なのだろうか。分からないまま、彼は再び混濁した眠りの中へと沈んでいく。

 

「起て、エースキラー」

 

 不意に声が響き渡った。彼はそれを己の頭上に感じたが、目の前には真っ黒い世界が広がっているだけだ。辺りを探ろうとしたが、動かした手は何かにぶつかる。目の前の暗黒は真っ暗な世界ではなく、何か、蓋のような物があるらしかった。両腕にぐっと力を入れ、蓋を押し開ける。

 すると、急に視界が真っ白になった。

 

「再生完了だ…よくぞ戻ったエースキラー。お前はこれから日々技を磨き、我らの敵を打ち砕く矛となるのだ!」

 

 光の中、何者かが高らかに告げる。眩い光が徐々に色とりどりの歪みに変わり、そこに蠢く者たちが浮かび上がった。やけに頭部が長く、細長い手足をしたヒューマノイドが何人も歪みの中を蠢いている。声は、彼等から発せられているようだった。

 

「何者だ」

 

 思わず、そう問いかける。すると影たちは一斉に動きを止め、そして次の瞬間、万華鏡のようにぐるぐると回りだした。

 

「もう喋れるようになっているとは…新たに加えたオートインテリジェンス機能、そして…クク、『奴』の身体が役に立ったか」

 

奴?

 

「我等の科学力はやはり素晴らしい…クックック…ヌァッハッハッハッハッハ!!」

 

 高笑いとともに、ぐるぐる回っていた何人もの影が一つの個体を形成する。そして、歪んだ景色の中に、轟音とともに異形の巨影が降り立った。

 

『我が名はヤプール!…異次元の支配者にして貴様ら超獣の創造主なり』

 

 身の丈は、まるで高層ビルを見上げているかのようだった。頭部には昆虫に似た触覚、額には3つの気孔、鼻先には角が伸びている。口元は甲殻類を彷彿させ、牙が2本伸び、奇怪なことに、その口はまるでネオンのように不気味に点滅している。胸周辺には吸盤のような輪が並び、そこ以外は棘棘とした突起に覆われている。

 

「ヤプール…」

 

 思わず、異形の名を繰り返す。異次元人ヤプールが合体・集合した姿となった巨大ヤプールは、鎌になった右手を突き出し、彼を指さした。 

 

「驚くことはない。貴様も今は俺様と大して変わらぬ姿だ。見ろ!」

 

 そう巨大ヤプールは言うと、彼の前に巨大な鏡を出現させた。

 そこに映っているのは…

 

「か、怪……獣」

 

「違う!貴様は超獣だ。怪獣よりも優れ、力のある存在…このヤプールの恩恵によって、貴様は異次元超人エースキラーへと生まれ変わったのだ!!喜ぶがいい」

 

 生まれ変わった!?…では、今までの自分は一体。

 そもそも、「今までの自分」とは、何だったのだろう? 思い出そうとしたが、瞬間、先ほどまでの記憶がフラッシュバックする。

 

「過去など必要ない。貴様に必要なのは戦いへの知識、そして戦闘経験値。そして…我が超獣軍団との連携力である」

 

 巨大ヤプールがさっと左手を掲げて号令する。

 

 すると、異次元の歪みの中から耳をつんざくような咆哮が轟いた。それは一頭だけではなく、甲高い声、ドスの利いた低い声、気味の悪いガラガラ声等多種多様であった。オレンジとブルーのバキシム、レッドと緑がかったグレーのベロクロン、グリーンとブルー、そしてレッドの棘がアクセントのガラン、パープルのボディに黄色いどてっ腹の目立つアリブンタ。その他、サイケデリックな色の超獣たちが所狭しとひしめき合い、その鳴き声は異様な合唱曲のように異次元に木霊する。その軍団の奥には巨大なジャンボキングとブロッケン、そして触手を蠢かせ、異次元の空を舞うUキラーザウルス…

 

「ウルトラ戦士への恨みがある限り、我々は何度でも蘇る…貴様はその誇り高き一員となったのだ!ゥワッハッハッハッハッハ!!」

 

 呆然と立ち尽くすエースキラーに気づかず、巨大ヤプールは高笑いした。

 

******* 

 

 ハリケェン星雲第三惑星スーア…そこは我々の住む地球と似て、銀河系において太陽と程よい距離があり、環境は生物にとって非常に過ごしやすい理想的な惑星である。故に、恵まれない環境の星からは謂れのない妬みを受け、時に攻撃されることもあった。そんな一団が、ハリケェン星雲の隣、シャオーン星雲にある惑星サイロンのサイロン星人である。

 

 彼らは原始的な甲殻類が進化した海棲宇宙人だが、豊富な海底資源を利用して強大な軍事帝国を築き、隣り合う星を自らの母星同様水だけの惑星へと作り変え、侵略していた。そんな彼等が自身の星系を統一し、他の星系へ手を伸ばさないわけがない。

 彼らは次の目標として隣り合ったハリケェン星雲を狙い、前線基地を築くためにスーアを攻撃してきた。スーアには自然エネルギーを利用した防衛戦艦が何隻もあり、雄大な大自然と星へ降り立った友好的な先人に学んだ技術で育てられた戦士団が在駐していた。当然、侵略行為に対し、スーアの人々は断固抵抗する意思を固める。当初は降伏させ彼等を奴隷として利用しようと考えていたサイロン星人の交渉団は半ば強制的に追放され、母星へと送り返されてしまった。

 

 だが、流石に狡猾なサイロン星人たち。彼等は交渉団が密かにスーアの海へ潜ませた侵略用生物兵器・宇宙海魔キュラゾラスを使い、彼等の定石通り、海から侵略を開始した。

 キュラゾラスはシルエットこそ所謂ゴジラ型の王道怪獣だが、その顔はまるでイカかタコのよう、肩には結晶のような美しい角を生やし、胸や胸部、背中には毒液を噴出する危険な巨大イソギンチャクが群生しており、鎧のように体を覆っている。まさに美と醜の共演だ。手足には水かきがあり、発達した筋力で水中を原子力潜水艦の何十倍もの速さで泳ぐ。尻尾は長く、先端に至るまで尾びれが続いており、遊泳時の推進力を生む他、一振りすればスーアの頑強な防護壁をも容易く打ち崩してしまった。

 特に驚異的なのは肩から生えた角で、これを光らせることで気象を狂わせ、カテゴリー7の巨大台風と大津波を引き起こしたからスーアはたちまち大水害に見舞われた。瞬く間に海抜の低い地域は大打撃を受け、壊滅。難民が内陸部に押し寄せて政治は混乱、食料も水害によって減少し、士気は低下。怪獣殲滅に向かった戦艦もキュラゾラスの機動性に翻弄され、大したダメージを与えられぬまま、サイロン星人の手に落ちていった。

 

 そんな絶望的な戦いを、愉快そうにモニタリングしている者がいた。他ならぬヤプールその人である。彼はキュラゾラスを分析し、一言呟いた。

 

「ふむ…これは『使える』」

 

 そして、彼等はエースキラーを呼び出した。

 

 エースキラーは目覚めさせられて以来、ずっと光線訓練・格闘演習を続けさせられている。既に何人もの人造ウルトラ戦士や怪獣を屠り、過去のウルトラ戦士たちの戦いを映像資料で見、学習していた。そろそろ本格的に実戦を、とヤプールは考えたのだった。

 

「エースキラーよ」

 

 ヤプールは無言で部屋の戸を開け、入ってきたエースキラーに声をかけた。

 

「個人の空間へ入る際はまずドアをノックだ……ドアを2回軽く叩き、入ることを知らせるのだ。俺様が許可を出したら『失礼します』と声をかけ、それから入ることが許されるのだ」

 

 ヤプールはマナーと礼儀作法にうるさかった。エースキラーは俯き、くるりと背を向けて出ていき、もう一度扉を閉めた。そして、コンコンと二度扉をノックする。

 

「入れ」

 

「失礼致します」

 

 扉が静かに開き、エースキラーは再び部屋へと帰ってきた。

 

「ここは惑星スーア…貴様が映像資料で見ている太陽系第三惑星『地球』と似た環境の美しい星だ。だが、その美が愚かな下等種族により脅かされている…」

 

 ヤプールは素早く機械を操作し、モニターを切り替える。そこに、不気味なサイロン星人の顔がアップになり、徐々にカメラが引いていって全身を映し出した。

 

「これはシャオーン星雲サイロン星のサイロン星人。海を利用して侵略を行う連中だ。今、この星の美しさを汚し陥れている愚かな連中だ。こいつらを叩き潰し、星の美しさを守ってこい」

 

 ヤプールはそう命じると、再び画像を切り替える。そこに映し出されたのはスーアの美しい海、山野、そして空。

 

「これは…」

 

 思わず、感嘆の声が漏れる。かつて資料映像で見たウルトラ戦士たちの第二の故郷「地球」。それによく似ているとエースキラーは感じた。無意識に、映像へと手を伸ばしたが、むなしく指先が画面に当たってしまう。

 

「貴様も感じ取ったか、この星の価値を。ならば行け。行ってサイロン星人どもを叩き潰し、スーアを我が物とするのだ!!!」

 

 ヤプールは号令し、壁のレバーをグイと引く。エースキラーの左腕に仕込まれた装置が共振し、発生した異次元エネルギーが空間を穿つと、そこに異次元を渡るゲートが現出した。

 

「おっと、そのままの姿でいきなり現れては目立つ。作戦の肝は隠密行動だ。これを使え。」

 

 そう言うと、ヤプールは何か、腕時計のような機械を差し出した。

 

「ゼットン星人の擬態装置だ。これで貴様はスーア族と同じ外見となる。怪しまれまい。」

 

 そして、満足げに笑った。エースキラーはヤプールから擬態装置を受け取ると、それを右手に身に着ける。ちくりと一瞬痛みが走って血液が採取され、遺伝子情報が擬態装置に分析される。そして、エースキラーがボタンを切り替えると、彼の身体は頭から足先へ、人間に似たスーア人の姿へ変わっていった。

 

「なるほど」

 

 エースキラーは納得し、そして、ヤプールへ一礼してからゲートの中へ飛び込んだ。すぐに上下の区別がなくなり、落ちているのか登っているのか分からない、奇妙な感覚に包まれる。そして、視界に徐々に緑が広がっていき、彼が空間を殴りつけると同時にスーアの空が割れ、異次元空間が現出した。 高さがあったため、エースキラーは途中枝に掴まってくるりと一回転してから、静かに着地し大地に降り立つ。素足に触れる草花の感触が心地良い。彼は目を閉じ、辺りに溢れる新鮮な空気を吸い込んだ。そして、大きく息を吐くと、目を見開く。 その目は、エースキラーの時のまま、見ようによっては不気味に見える緑色の瞳。髪は薄い色合いの金髪が首まであり、東洋系の整った顔立ちをしている。

 

「その姿の時は、貴様はキラと名乗れ。」

 

 不意にヤプールの声が響く。見上げると、空に残った異次元空間の彼方にヤプールの影が浮いていた。

 

「キラ…スーアの言葉で『旅人』だ。クク、上手くやるのだぞ。」

 

 ヤプールの含み笑いが響く。エースキラー…キラは静かにかしづき、頭を垂れた。ヤプールは満足げに頷くと、異次元空間を閉じる。それを確認し、キラは静かに立ち上がった。それから、周囲を見渡す。人間同様の五感を持つキラには、周囲の木々の青さ、太陽光の輝き、花々の色どりが見え、虫たちの合唱と鳥たちのデュエットが聞こえていた。

 

「これが…世界か」

 

 呟き、飛んできたチョウへと手を伸ばす。チョウは捕まれると思ったのか、ひらりと身をかわし、何処かへ飛んで行ってしまった。

 

 その時、空気を切り裂いて甲高い悲鳴が響き渡った。

 

*******

 

「やめろぉっ!はなせ!はなせよぉお!!」

 

 少年は、必死にもがく。しかし、水中から伸びる触手はその細い腕に巻き付き、骨を折りそうな程に締め付けていた。そのまま、少年を水中へと引きずり込もうと引き寄せている。少年は踏みとどまろうと踏ん張るが、その時、水中に蠢く異様なものに気づく。

 

 まるでキノコが無数に並んだかのような多数の複眼、胸元から股にかけて蠢く何本もの足。そして、広い肩からは腕ではなく触手が一対生えており、それが少年の細腕に絡みついていた。

 

「う、うわぁあぁあぁあぁ!?」

 

 異形への恐怖で、少年は思わず悲鳴を上げる。同時に足が滑り、少年は小さな呻きと共に水中へ一気に滑り出した!

 

 その瞬間、太陽に影が重なった。水中の異形はそれに気づき、触手を引き戻そうと急いだが遅かった。

 

 振り下ろされた手斧が触手を叩き斬り、勢いそのままに滑る少年を大きな手が受け止める。そして、奇声を放って水中から躍り出た異形が次の瞬間、2つに分かれて彼等を飛び越えていき、生っぽい音とともに地に這った。

 

「な、あ……」

 

 少年はしばし、言葉にならなかった。そこに立つ金髪の男は、刺股型の手斧を持っている以外、衣服を何も纏っていなかったからである。 

 

「へ、変……態」

 

 それが唯一、目の前の異様な光景に対して発せられた言葉だった。

 

「ヘンタイ…それがこの星の礼の言葉か?」

 

 キラは不思議そうに眼をしばたかせ、少年を己の腕から降ろす。少年はしかし、腰が抜けて地面に尻餅をついてしまった。彼はキラを見上げて何か言おうとし、慌てて顔を背けて頭を掻きむしった末に

 

「とりあえず、前隠そうぜ」

 

 とだけ言うと、持っていた手ぬぐいを彼を見ないようにして差し出した。それを受け取り、キラは「前?」と繰り返しながら手ぬぐいを上下させ、隠すべき場所を探す。少年は小さく「嘘だろ」とぼやくと、届く位置に来たところを狙って跳躍し、手ぬぐいを奪い取る。そして 

 

「ちんち…いや大事なところ、隠すの!」 

 

とまるで子供に言い聞かせるように言い、尻側から無理やり手ぬぐいで彼の股を覆った。キラはその様子を不思議そうに見下ろし、彼が言った言葉をもう一度繰り返そうとしたので、少年は 「繰り返すな。そして人前で二度と言うな。」 とぴしゃりと言い、彼を黙らせた。キラは再び目をしばたかせたが、自身には分からないこと故に黙って頷き、従った。少年は大袈裟にため息をつき、肩をすくめて 

 

「とりあえず、助けてくれてありがとな。俺はマー。あんたは?」

 

と名乗った。キラは

 

「キラ」

 

と自らも名乗り、映像で地球人がそうしていたように握手しようと手を差し出す。少年マーは少し訝し気に彼を見つめたが、すぐにふうんと納得したように言って

 

「よろしくな」

 

と彼の握手に応じた。

 

 キラが不審者&変態ではないと分かると、好奇心旺盛勝つお喋りな少年は彼にいろいろと尋ね、そして自らのことを話した。

 

 マーは国境の村に住んでおり、日々、大人たちはサイロン星人の侵略に立ち向かっていること、既に劣勢であること、自らも戦いに加わろうとしていることを話した。

 

「危険だ。よせ」

 

 キラは自信満々なマーにぴしゃりと言う。どう考えてもサイロン星人一体倒せない弱小な人間の子供が、戦争に貢献できるとは思えなかった。マーはあからさまにむくれ、

 

「男は誰かのために強くあれってとーちゃんが言ってたんだ。そんなとーちゃんはもういねー…だから、かーちゃんは俺が絶対に守るんだ。そう決めたんだ」

 

と厳しい表情でうつむいた。キラはその顔を見つめながら

 

「それは難しい」

 

と素直に告げる。マーは頬を膨らませ

 

「分かってるよ!!」

 

と大きな声を出す。キラは少し驚き、それから彼が怒っていることに気づき、

 

「すまない」

 

と詫びる。マーは我に返って頭を掻き

 

「いや、怒鳴って悪かった。けど、あんたちょっと素直過ぎだぜ」

 

と皮肉った。キラは目をしばたかせ、

 

「素直なことは、良いことと聞いた」

 

と思わずぼやく。マーは目を丸くし、それから腹を抱えてげらげらと笑い出した。キラは訳が分からず少年を見つめる。マーは涙目になりながらも必死に笑いをこらえて謝り、手の甲で涙を拭った。

 

「あんた強いのに変なんだな。おもしれー!」

 

そう言ってまた笑う。キラは少しむっとし、

 

「変というのは、嬉しくない」

 

と怒った顔をしてみせた。マーは爆笑しながら

 

「別にけなしてねーって!」

 

と言い、それから何かに気づいて立ち止まった。キラもその時、鋭い聴覚で何かが高速で接近する音を聞いた。

 

 二人の視線の先、水平線から白波を蹴立てて一艘の戦艦が進んでくる。それは小型で、高速艇らしかった。マーが

 

「巡視艦が…」

 

と呟く。そして、青ざめると走り出した。キラは彼に呼びかけたが、マーは聞こえていないようで彼を放ってかけていく。仕方なくキラも後を追って走り出した。

 

*******

 

「逃げろぉお!!怪獣兵器だぁあ!!」

「シェルターへ急げぇえ!!」

 

 村の男衆が怒号を放つ。遊んでいた子供たちは一斉に逃げ出し、それぞれの親の元へと走る。鐘楼に上った兵士が鐘を打ち鳴らし、村全体が火のついたような大騒ぎになった。

 

「かーちゃん!かーちゃん!!」

 

 逃げる人々をかき分け、マーが母の名を呼びながら駆ける。キラは巡視艦が何かに追われているのを見てとった。

 

「マー、逃げるんか!奴らが来るぞ!!」

 

不意に老翁が立ちはだかり、マーの肩を掴んで捕らえた。どうやら村の長老らしい。だがマーは暴れて彼を振り払い

 

「かーちゃんを逃がしてねえだろ!」

 

と吠える。長老は視線逸らしてから、口を引き結んで目を伏せた。

 

「何故だ。こういう事態は普通、女子供を優先して逃がすはず」

 

キラが問うと長老は

 

「何者じゃ!?」

 

と訝しんだが、マーが即座に

 

「かーちゃん足が悪いんだ。そのせいで走れないから、足手まといになって置いて行かれてるんだ!」

 

と叫ぶ。キラは眉間にしわを寄せ、長老を見下ろした。

 

「これが生き残るための選択。子供とよそ者には分かるまいて」

 

そう吐き捨てると、2人を放って走り出していってしまう。キラは呆れたが、マーはまた駆けだしてしまい、彼はその後を追って一軒の小屋に飛び込んだ。

 

 屋内には松葉杖を横に置き、足にギブスをはめた女性が横たわっていたが、突然飛び込んできた少年たちに驚いて振り向いた。

 その顔がぱっと輝いた。

 

「マー、無事だったか!良かった…」

 

そう言うと、飛び込んできたマーをぎゅっと抱きしめた。キラは目を細め、照れたように顔をくしゃくしゃにして母の肩に顎を乗せるマーを見つめた。母が気づき、

 

「どちらさま?」

 

と問う。キラが名乗ろうとすると、代わりにマーが

 

「ぼくの恩人で、戦士のキラさんさ!」

 

と勝手に紹介した。キラは訝し気な視線を向ける母へ軽く頭を下げると自身も名乗り、握手しようと手を差し出した。

 

 その時、轟音と共に大地が揺れた。3人はよろめき、小屋が嫌な音を立てて軋む。

 

「艦が座礁したぞォオ!!」

「誰か手を貸せぇえ!!」

 

再び表で怒号が飛び交う。母親の顔が険しくなった。キラは窓辺に走り寄り、表を見る。先ほど水平線にあった艦が、その身を浜辺に横たえ、激しい炎に包まれていた。男たちが必死にホースで水を浴びせているが、全く効果がない。

 

「奴らが、来る!…」

 

母親がマーを抱き寄せ、唇を噛んだ。

 

 直後、海面が怪光を発した。男たちが悲鳴を上げて次々に倒れ、海面がそこだけ沸騰しているかのように激しく泡立つ。そして、水中から2頭の大蛇が躍り出た。

 

 否、大蛇ではない。大蛇の如く太く長い触腕が、高々と持ち上がっていた。その一撃が、かろうじて原型を留めていた巡視艦を粉砕し、大地を再び揺るがせた。破片が飛散して家々に突っ込み、男たちが巻き込まれて悲鳴を上げる。

 

「キュラゾラス!!…」

 

母親がその名を呼ぶと同時に、怪獣が大波とともに出現した。

 

*******

 

「撃て…撃てぇえっ!!」

 

兵長の号令とともに、海岸に並んだ大砲が次々に火を噴く。放たれた砲弾は次々とキュラゾラスの胸部で爆発したが、それはキュラゾラスの分厚い皮膚にはダメージを与えられなかった。まるであざ笑うかのように肩を揺すると、その触腕を軽く振るう。それだけで家屋が潰れ、砲台と兵士たちが吹っ飛んだ。飛んできた瓦礫がキラたちのいる小屋の壁をぶち抜き、キラは反射的に2人を庇うように立つ。そして手斧の一撃で瓦礫を弾き飛ばした。

 一撃で瓦礫は砕け散り、彼の足元に散らばった。

 

「…戦士ってのは嘘じゃないみたいね」

 

母親が呟く。キラは少しだけ顔をそちらへ向け、

 

「マーを頼む」

 

と言い、駆け出した。母親は身を乗り出し、マーは

 

「いや、無茶だって!!」

 

と叫んだ。そして、母親の腕をすり抜けて彼を追う。

 

 表に出ると、キュラゾラスは既に海岸の防衛陣地を壊滅させていた。満身創痍で地を這う将校をアリでも潰すように踏み潰し、村へと歩みを進める。その視界に、こちらへ向かってくる者が見えた。

 

「キラのおっさん、あんたさっき俺に偉そうに無茶するなって説教したくせに、自分はするのかよ!」

 

キラの背に、マーが叫ぶ。キラは立ち止まり、

 

「君とは違う」

 

と素直に告げる。マーはその腕を掴み、

 

「いくら強くても、人間じゃあ怪獣には勝てないよ!それより、かーちゃんを助けてくれよ!!」

 

と叫んで彼を引っ張った。キラは目を細め、その頭にそっと手を置く。駄々をこねる子供をなだめるように。

 

「大丈夫。かーちゃんも助ける。だから…任せろ」

 

そう言うと、刺股状の剣を懐から取り出して右手に持ち、左手と共に腕の前で交差させた。訝し気に見つめるマーの前で、キラは「エースキラー」と呟き、ブレスレットに溜め込んだ異次元エネルギーを解放する。

 

 瞬間、その身を異次元エネルギーが包み込み、赤黒く発光させた。マーは風圧で尻餅をつき、腕で顔を庇いながら光を見つめる。

 その眼前で異次元エネルギーは人型を形成しながら巨大化し、キラ本来の姿、エースキラーが浜辺の村に出現した。

 

「お、おっ……さん?……」

 

マーが恐る恐る呼びかけると、黄金に輝く手が彼を掴み上げ、そして、あっという間に家の前に戻される。松葉づえをついた母がよろよろと出て彼の肩を抱き、怯えた目でエースキラーを見上げた。彼らを見下ろしてエースキラーは静かに頷き、キュラゾラスへゆっくりと振り向いた。

 

 予想だにしない巨大な敵の出現に、キュラゾラスは少したじろいだらしかった。動きを止め、警戒するように距離を保ったまま口の触手を蠢かせて彼を見つめる。エースキラーは2人から距離を取るように海辺へと進み、キュラゾラスを誘導した。

 そして、十分に村から離れたのを見て駆け出した。

 

 即座にキュラゾラスが触腕を打ち下ろす。太く長い外見に反し、攻撃速度は俊敏であった。だが、彼は触腕に自ら巻き付いて肉薄し、そのでぶでぶした腹部に思い切り蹴りを叩きこむ。キュラゾラスは汚らしい音とともに胃液を吐き出し、よろめいた。エースキラーはさらに剣で触腕を一撃し、叩き斬った。地響きを立ててうねる触手が水中に落ち、キュラゾラスは耳をつんざく悲鳴を放ってもう片方の触腕を振るった。

 

 不意を突かれ、エースキラーはまともに触腕を後頭部に受けて吹っ飛ぶ。そのまま、浜辺の家屋を次々と粉砕しながら地を滑って崖にぶつかった。

 ダメージを受け、キュラゾラスは怒りに燃える。怪獣は残ったもう一本を振り回しながらその肩にある結晶体を光らせ始めた。すると空がにわかに掻き曇り、仄暗い雲が湧き出してきた。そして、屋根で一滴、水がはねたかと思うとまるでバケツをひっくり返したかのような大雨が降り始めた。

 キュラゾラスの気象コントロール能力だ。

 

(オニデビルの能力か…視界が)

 

 エースキラーの目にも雨が降りかかり、視界がわずかにぼやける。そこへ、キュラゾラスの触腕がうなった。横っ面に激しい痛みが走り、続いで胸、頭頂部と痛撃が繰り出される。エースキラーは腕で顔を庇い、振り下ろされる触腕を防ぎつつ立ち上がった。キュラゾラスが怒りに吠え、巨体で突進してくる。その頭上で雷が轟き、その姿が浮かび上がった。

 

 ここだ!

 

 ウルトラセブンの力であるエメリウム光線がキュラゾラスの右肩にある結晶体を穿ち、肩口で小爆発を引き起こした。相当ダメージがあったのだろうか、キュラゾラスは突進から一気に崩れ、地を転げて砂浜へ落ちる。怯えた子犬のような情けない鳴き声を発し、怪獣は海へと逃げようとした。

 むろん、逃がすわけはない。

 

 エースキラーは腕を十字に組むと、逃げるその背に目掛けてスペシウム光線を放った。一直線に伸びた光線は雨粒を蒸発させながらキュラゾラスへ襲い掛かり、残っていた左肩の結晶体を粉砕し、腕を根元から吹き飛ばす。空気を震わしてキュラゾラスは悲鳴を上げ、天を仰いだ。傷口からは青く光る血液が流れ落ちる。巨体はそのままゆっくりと傾き、派手に水しぶきを上げて海中へと没していった。

 

「や、やった……」

「やったぞ!!あの怪獣兵器を仕留めたぞぉおっ!!」

 

 高台の上から男衆が叫ぶ。エースキラーは姿勢を正し、ゆっくりと人々へ振り替えると、静かに頷いた。それを見て人々は喝さいを贈り、口々に礼の言葉を叫んだり、果てにはおがんだりしはじめた。

 

「すっ…すげぇ……」

 

呆然としたままだったマーの口元に、いつの間にか笑みが浮かんでいた。キュラゾラスの魔力が失われたためか、降っていた雨が止み、ほの暗い空にコバルトブルーが広がっていく。それを見上げながら、エースキラーはその美しさに見惚れた。雲の間から差す陽光、木々に光る露、安堵して囀り始める小鳥たち、泳ぎだす魚たち。そして、彼を見上げて喜び、笑い合う人々。そのどれもが戦いの疲れさえ忘れる程に綺麗に見えた。

 

(これが、ウルトラ戦士たちが見ていた光景なのか?…)

 

 エースキラーはしばし、ぼうっとしていた。だが、いつまでも巨大化したままではエネルギーを無駄に消費してしまうと思い出し、それから正体を隠すため、ウルトラ戦士のように空へ飛び立とうとしたが、残念ながら彼には飛行能力がなかった。

 慌てて空中でエネルギーを変換し、閃光の中で擬態する。そして再び、木立の中へ降り立った。

 

「あれ?おっさん!おっさぁあ~ん!!」

 

 姿を見失い、マーが大声で彼を呼ぶ。村長は「そりゃ誰じゃ」と問い、そこで初めて、キラは彼らの前にその姿を見せた。

 

「私が、キラだ」

 

 岩の上からそう告げる青年に、村の大人たちはしばし疑念の目を向けた。姿が似ているとはいえ、奇妙な目の色と髪色、そして未知の機械を腕に付けた腰布しか身に着けていない男が突然岩の上に現れたら、誰でもそう思うであろう。

 むろん、キラの正体を知らずとも、である。

 

 が、そんなことは気にも留めないマーが即座に崖から降りてきたキラに駆け寄った。

 

「すげぇよおっさん!さっきのあれは何なんだ!?どーやっておっきくなったんだ!?」

 

いきなり、彼はネタバレを披露する。『大きくなった』という言葉に大人たちがざわめきだした。これでは、隠密行動にならないどころか怪しまれてしまう。

 

「何言ってんだよみんな、ばっかだなー!このおっさんはこの村の大恩人だぞ?それなのにこんな原始的なファッションさせたままで、ほっといていいのかよ?」

 

そのマーの言葉で、村長がまず我に返った。彼はキラの腕についた擬態装置、そしてその緑色に光る眼を見、一瞬迷ったもののやがてため息をついて納得した。

 

「あんたがさっきの巨人なんじゃな…」

 

そして、そのまま地面に膝をつき、深々と頭を下げてきた。マーも他の大人たちも、キラも驚いた。

 

「ずっと、ずっとこの村は奴に怯え、蹂躙されてきた。だが、これで報われる…ありがとう。ありがとう!!……」

 

うつむき、涙を流すその目には、キラを余所者呼ばわりした時の冷たさはなく、村の長として、彼がこれまで戦いに感じてきた責任感と思いが満ちていた。

 

「お、長…」

「そうだ、恩人だ!」

「ありがとう!」

「ありがとぉうっ!!」

 

それを皮切りに、大人たちから次々に声が上がる。マーが自分のことのようにえっへんと胸を張り、腕組をしてキラを見上げ、破顔した。キラも笑顔を返し、それから、自身へ礼を述べている人々を、何処か恍惚とした思いで見つめた。  実験に等しい戦闘訓練の中では、ヤプールの評価からは感じられなかった温かさが、ここには熱い程に溢れていた。

 

「よぉっしゃ!まだ戦争は終わらねぇけど、終わりは見えてきたッ!」

「おぉ!今日は久々に美味い飯が食えそうだ!!」

 

何人かがお祭り気分になったらしい。それをほほえましく思いながら見つけていると、マーの母が目の前に立った。

 

「その格好じゃパーティーには行けないね。うちの人のをあげるから、使いな」

 

そう言って、スーアの民族衣装一式を差し出した。それを見て、マーが「父ちゃんの…」と呟く。

 

「それは、悪い。もらえない。」

 

キラは辞退しようとしたが、マーの母が有無を言わさずその手を取り、

 

「ささっ!着替えるよ~!」

 

と言いながら、彼をぐいぐい引っ張っていく。意外な力にキラは引き立てられ、ぽかんとしながら引っ張られていく。その後ろをマーがにやにや笑いながらついてくる。

 

「やだねーおっさん、鼻の下伸びてるよ?」

 

キラは思わず、自分の鼻の下を確かめる。が、特に何も変化はなかった。

 

「嘘をついてはいけない。」

 

ぴしゃりと言うキラ。マーはまた大笑いし、そして母の拳骨を食らってきゃっと悲鳴を上げた。

 

「大人をからかうんじゃないよまったく。あ、長!着替えさせたらすぐ戻るので、準備、よろしくお願いしますね!」

 

振り返りざま、マーの母が大声を出す。村長は笑顔で

 

「おう!遅くなるなよ!」

 

と返し、男たちは笑顔で何処かで走っていく。その姿を見ながら、キラは己の口元が、マーの言うように鼻の下こそ伸びていないが、笑っていることに気づいた。

 

(この感情が、『楽しい』ということか…)

 

そう合点し、一人うなずく。それを見て、マーがこっそり「やっぱ鼻の下伸びてる」と囁く。キラは即座に「伸びていない」と言い返し、またマーを大笑いさせた。

 平和な時が戻り、スーアは美しい夕焼けに染まり始めていた。

 

続く

 

 

<今回の登場怪獣>

 

海底軍人(かいていぐんじん) サイロン星人

身長:1~2m 体重:50~100㎏

:シャオーン星雲サイロン星に棲む、甲殻類型の宇宙人。星の9割を生みが占めており、豊富な海底資源を利用し強大な軍事力を持った彼らは他の惑星を侵略し、自分たちに合う水の惑星へと作り変える。見た目に反して高い知性を持ち生体兵器の製造や破壊兵器の開発等に長ける。ただし多種族のことは徹底的に見下しており、意思疎通を図る気は毛頭ないが、会話の際は生体鎧に仕込まれた翻訳機を解して話す。かれらの言語は泡ぶく音のようなもので、水中でもコミュニケーションをとることが出来る。

 侵略時は敵の攻撃や未知のウイルス、病原体等から身を守るために生体鎧を纏って行動している。水中では素早いが陸上では動きが鈍くなり、長期間水場を離れるとミイラ化してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙大海魔(うちゅうだいかいま) キュラゾラス

身長:45m 体重:3万6千t

サイロン星人が母星に棲む生物の遺伝子を合成し生み出した生体兵器。生態としては頭足類に似ており、創造主同様に水中では非常にすばやく、長期間水を離れることによる乾燥が苦手。

非常に好戦的かつ狡猾な性格で、星人の指示を受けつつもほぼ自分の意思で破壊活動を楽しみ、弱者をいたぶることに快感を覚える残忍な性格。エネルギー源として侵略先の生命体を無差別に捕食する。両肩から伸びる触腕は伸縮自在で遠くの敵も絡めとり手繰り寄せることが出来る。口からは猛毒の墨を吐き、相手の目をくらませる。

一番の特徴は両肩にある結晶体を発光させ、気象を操ること。それにより、自在に津波や嵐を引き起こすことが出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

異次元超人エースキラー

身長:40m 体重:4万3千t

:かつてゴルゴダ星でウルトラ兄弟を罠にかけたヤプールが、エース抹殺のために作り出した異次元超人。奪い取ったウルトラ兄弟の能力を駆使することが出来、エースと同等の戦闘力を持つエースロボットを破壊、エースもあと一歩まで追い詰めた。だが、最後は兄弟たちがエースに与えたエネルギーから生み出されたスペースQを受け、爆散する。

しかし、再びヤプールの手によって何か、もしくは何者かを『生まれ変わらせて』生み出された。初代は喋らなかったがオートインジェンス機能により学習し、ある程度言葉を話せる。また、擬態による人間態への変身も可能となっており、人間に似た姿で「キラ」と名乗る。