今までの負の遺産ともいえる

介護業界の常識

 

なぜ そんな言葉を

なぜ そんな理論を

なぜ 生活の場に持ち込んだのか

 

そんなにまで介護業界が腐敗してたからなのか

それとも後から後から足し続けた結果なのか

 

僕は知らない

知らないけど

違和感がいっぱいある

 

 

「尊厳」なんて難しい言葉を使って

ボヤッとしたものを覆い隠すだけになる

少なくとも僕はそうなる

 

 

なんとかの法則だなんだで

人との付き合い方のお手本を示し

 

ある意味において

画一的な介護を否定しているのにも関わらず

画一的な指導の方法を提示する

 

それが綺麗であろうが正しいとされていようが

画一的に指導することしかできないのなら

 

人と人が付き合っていく場においては

単なる隠れ蓑に利用するだけの状況を

ただただ助長していくだけなのに

 

 

軍隊を作るのではなく

ましてや貴族を作るのでもなく

奴隷を作るわけでもない

 

 

それぞれの立ち位置から

ヨイショと綺麗な場所に

無理矢理立たせるのも違う

 

 

それぞれの立ち位置のまま

それぞれの人生を歩んでいくだけなのに

 

その中で生まれる

自然に生まれる関係性には

 

嬉しいことも悲しいことも

辛いこともある

 

それは相手にだけあるんじゃくて

自分だけあるのでもない

そこを理解できないまま

覆い隠されたキレイゴトだけが

称賛されるようになるのが怖い

 

 

もちろんサービスとして提供する

お金をもらって行うことなんかには

 

それぞれの立場を変えるものもある

変わるのも変えるのも含めて

 

 

それでも人と人とが向き合った時の

本当の

その場にだけ起こる空気感は

本当に起こっている空気感は

 

その場にいないと

感じることはできない

 

だから向き合い方の方法論なんて

対人援助技術だなんだ言ったって

 

ほとんどのほとんどが

実は役には立っていない

みせかけの空間は作れていたとしても

 

目の前の爺さん婆さんが

あなたを受け入れてくれているのは

 

そんな技術を受け入れているのではなく

 

あなたを あなた自身を

受け入れてくれているのだ

 

そに存在する小手先の技術に頼っているうちは

 

「綺麗なもの」「正しいもの」しか

自分自身が受け入れられなくなるような気がして

 

そんな感じだと

目の前の人たちと付き合えないような気がして

 

 

自問自答を繰り返しながら

実は何も考えないという境地に

いつか立てることを夢見ています

 

なんじゃそれ・・

 

 

相変わらずの不安定な文章

すみません