第10回 代表曲と売れた曲は一致するのか
RCサクセション
いわゆるヒット歌手とは別次元のところで存在感を示し続けてきた唯一無二の存在で、特に忌野清志郎の異才ぶりは到底他の人にはまねできない個性でした。
【知る人ぞ知るフォークバンド】 1970~1978年
「宝くじは買わない」「涙でいっぱい」「ぼくの好きな先生」「スローバラード」他
デビュー当初はフォーク色の強いグループで、その中で「ぼくの好きな先生」がスマッシュヒットを放ちますが、コンスタントにシングルを出すということができず、基本的にはヒットチャートとは大きくかけ離れたところで活動しているという状態でした。
【パンク系のロックバンドへの転換】 1978~1980年
「ステップ!」「雨上がりの夜空に」「ボスしけてるぜ」「トランジスタ・ラジオ」
メンバーの入れ替えを行いながらも、ロック色の強いバンドへと転換を図り、当時としてはパンクロックの代表的な存在として、熱狂的な支持を受けるようになっていきます。もっともシングルチャート的には一般的に広がるというというところまでには至らず、11thシングル「トランジスタ・ラジオ」が8年ぶりにようやくトップ100入りという状態。マニアックな存在であり続けるのか、そんな感じではありました。
【忌野清志郎ブレイク景気】 1982~1985年
「SUMMER TOUR」「つ・き・あ・い・た・い」「Oh!Baby」
「ベイビー!逃げるんだ」「不思議」など
ところが1982年、突如「SUMMER TOUR」がチャートのトップ10入りする大ヒットとなり、RCサクセションの存在が一気に一般的になるのです。ただこれには前段階として、同じ年の春に忌野清志郎と坂本龍一が組んだ化粧品キャンペーンソング「い・け・な・いルージュマジック」が大ヒットし、テレビに出演して強烈な印象を残したことが大いに貢献しているのは間違いないでしょう。この歌で忌野清志郎を知り、さらにRCサクセションを知ったという人たちが、「SUMMER TOUR」に飛びついた結果がヒットに繋がったということで間違いないと思います。以後、一定数のファンをさらに獲得し、トップ50入りがしばらく続くことになりました。
【活動休止前】 1988~1991年
「NAUGHTY BOY」「ラヴ・ミー・テンダー」「I LIKE YOU」など
発売中止などもあって18thから19thの間が2年半ほど空いてしまいましたが、カバー曲ではありますが、久々のシングルが2回目のトップ10入りと、その人気の高さがうかがえる結果を残します。ただそれから2年ちょっとで活動休止に入ってしまい、忌野清志郎はまた別の形で音楽活動を続けていくことになりました。
■売上枚数 ベスト5
1 SUMMER TOUR 21.7万枚
2 I LIKE YOU 5.0万枚
3 スローバラード (RE-MIXED VERSION) 4.9万枚
唯一10万枚を超えたのが「SUMMER TOUR」と、けっしてシングルが売れるタイプのバンドではなかったですね。
■最高順位
6位 … SUMMER TOUR
10位 … ラヴ・ミー・テンダー
トップ10入りは2曲のみで、しかもそのうち1曲はカバー曲ということで、ここでも「SUMMER TOUR」だけが目立ってみえます。
■代表曲
1 雨上がりの夜空に
トランジスタ・ラジオ
スローバラード
ぼくの好きな先生
このあたり、人によって多少順位が入れ替わるかもしれませんが、およそ上位にはこのあたりのラインアップが入ってくるでしょう。圧倒的に売れて最高順位も高かった「SUMMER TOUR」はRCサクセションの代表曲の上位には入ってこないのではないでしょうか。
チャートの上では「SUMMER TOUR」が圧倒的な実績を残しているものの、RCサクセションの代表曲はと聞かれた時にはなかなか選ばれにくく、選ばれるのは「雨上がりの夜空に」「スローバラード」「トランジスタ・ラジオ」などほとんど売れなかった曲となりそう。ですからファンの多くは、RCサクセションというバンドの価値は、売れる売れないとは違うところに見出していたのでしょう。
結論:まったく一致しない。売れる売れないとまったく違う次元のところに存在した異色のバンド