80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.316

 

夏休みだけのサイドシート  渡辺満里奈

作詞 麻生圭子

作曲 山本はるきち

編曲 山川恵津子

発売 1987年7月

 

“可愛い”を前面に打ち出すライバル美奈代に対し、等身大の女の子の気持ちを歌う満里奈にとって、学生からちょっとおとなへと成長を感じさせる一曲

 

 

 おニャン子クラブの中期以降における中心は、同姓である渡辺美奈代と渡辺満里奈の両渡辺で、人気の面では双璧という状況でした。その中でまさにザ・アイドルといった感じの美奈代の方は、可愛さを前面に打ち出したキャッチーで時にコミカルな楽曲で勝負をしていましたが、一方の満里奈の方は、等身大の普通の女の子の恋する気持ちを素直に歌った正攻法の楽曲でヒットを重ねてきました。今思うと、その在り方は、その後の二人の芸能界の立ち位置にも通ずるものがあるように感じられます。

 

 渡辺満里奈は1986年10月に『深呼吸して』でレコードデビュー。いきなりオリコン1位を獲得したこの曲は、まだまだ恋に奥手な女の子の伝えられない恋心を歌っていて、女子高生感いっぱいという感じ。続く『ホワイトラビットからのメッセージ』(1987年1月)は、クラスメートだったかつてのボーイフレンドらしき男の子からの1年ぶりに手紙が届いたときの気持ちを歌った曲で、これも1位を獲得。3rdシングル『マリーナの夏』(1987年1月)は学校内の人間関係から飛び出して、夏のマリーナでの恋を歌った内容でこれも1位を獲得。そして今回とりあげた『夏休みだけのサイドシート』では、歌詞の舞台は車の中ということで、曲を重ねるごとに、歌の中の主人公も少しずつ年を重ねていることがわかります。自身の成長とともに、歌の中の主人公もまた成長していく、そのあたりに等身大の女の子を表現していくという方針といえか戦略のようなものは感じられます。そして『夏休みだけのサイドシート』もオリコン1位を獲得、そして渡辺満里奈にとっては最後のオリコン1位にもなるわけです。

 

 作詞は麻生圭子。3rdシングルまでは秋元康が作詞を担当していましたが、この4thシングル以降は秋元康離れをし、女性の作詞家を多く起用するようになるのですが、そのきっかけとなったのが今作の麻生圭子。女性の気持ちを歌詞にするのが上手な作詞家ですが、今作に関しても手堅くまとめているなという印象です。作曲の山本はるきちはデビュー曲『深呼吸して』に続く2作目の起用ですが、この山本はるきち作曲家として送り出したヒット曲といえるものは、渡辺満里奈のこの2作ぐらいで、むしろ『シャイニン・オン君が哀しい』のヒットで有名なLOOKのキーボード担当と言った方が通りは良さそうです。

 

 歌詞を読むと、まずは渡辺満里奈も少し大人になったなというのが、最初の印象でした。それまでは学生感があふれる曲が続いていたのですが、この曲は車のサイドシートが舞台と、そのあたりちょっとだけ大人な感じになっています。

《いつだってこのクルマで 送ってくれたね》

《これが今日が最後のサイドシートね 夏が終われば 別の人がこのシートを待っているの》

夏休みの間、いつも送ってくれたあなたとの最後のドライブ。

《降りないで次のEXIT 声にする前に ウインカーあなた先に 倒したから 何も言えずに》

《渋滞もせず こんな早くどうして着いてしまうの ゆっくり走って》

時間が終わらないように…という女性の気持ちが歌われているのです。

でも彼女ができることは

《ダッシュボードの地図のすき間 はさんだメモ 見つけた時に 思い出して私のこと》

《もしかだけど 顔がみたくなったら 電話をかけてね わたしそっと待ってるずっと》

と気持ちも直接伝えたりはなかなかできないようです。

 

 改めて歌詞をみてみると、いろいろな捉え方ができるような気がして、特に二人の関係性を想像するのがなかなか楽しいです。いや、楽しいといってはこの女の子には悪いですね、悲しい最後のドライブの時間なので…。二人は付き合っていてこの日別れることになり気まずい雰囲気が車内に流れている状況なのか、或いは女の子がアルバイトか何かで夏休みの間だけ帰り道を送ってもらっていた男性に片思いしたまま、最後の日を迎えたのか…。いずれにせよ、リアルな状況が浮かんできて、この思い浮かべた状況の中に、渡辺満里奈がうまくフィットするのですが、それこそが彼女の真骨頂であったんだと、今になると思うのですよね。

 

このようにキャビキャビのアイドルとは対称にあるリアルな等身大のキャラクターを徐々に確立していくことに成功した渡辺満里奈は、このあともその年齢その年齢で相応の立ち位置をとりながら、芸能界をうまくくぐり抜けてきて、今に至る、そんなところでしょうか。