80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.219

 

春咲小紅  矢野顕子

作詞 糸井重里

作曲 矢野顕子

編曲 YMOYMO

発売 19812

 

 

 

化粧品春のキャンペーンに起用されたことで大ヒット、キャッチーなコピーを連呼するサビに、舌足らずな歌い方が見事にはまった矢野顕子随一のヒット曲

 

 たびたび化粧品のキャンペーンソングを取り上げてきていますが、それだけ80年代における化粧品のキャンペーンソングの威力は絶大だったということで、矢野顕子にとってもそれは同じことが言えるでしょう。矢野顕子の名前を一気に世の中に広げた唯一と言っていいヒット曲『春咲小紅』もまた、化粧品の春のキャンペーンソングでした。具体的にはカネボウ化粧品の1981年春のキャンペーンCMソングとして起用され、オリコン最高5位、売上37.0万枚の実績をあげました。矢野顕子にとっては4枚目のシングルのこの曲、それまではヒットチャートのトップ100にすら顔を出すことになかった矢野顕子でしたが、この曲で初めてトップ100入りを果たしたかと思ったら、いきなりの5位ですからね。

 

 確かにそれ以前にも、カネボウのCMからは多数のヒット曲が生まれていまして、例えば前年の1980年には、春は渡辺真知子『唇よ、熱く君を語れ』、秋は郷ひろみ『How Many いい顔』がそれぞれヒット。二人はそれ以前にもヒット曲をたくさん出していて、化粧品のCMソングでなくても売れたのではないか、そういわれるかもしれませんが、それではカネボウのCMソングが唯一の大ヒット曲に繋がった例とすると、1979年桑名正博『セクシャルバイオレットNo.1がありますし、無名の歌い手をいきなりスターダムに押し上げた例としては、1978年のサーカス『Mr.サマータイム』があり、矢野サイドとしては、おそらく大きな期待をしていたのではないでしょうか。

 

 そしてこの『春咲小紅』作詞が糸井重里というのも、いかにもCMソングが前提的な気がしませんか?糸井重里はコピーライターとして一世を風靡しましたが、作詞も結構手掛けています。沢田研二『TOKIO』『恋のバッド・チューニング』、松本伊代『TVの国からキラキラ』あたりが有名なところですね。この曲に関しては当然“春咲小紅というコピーが最初にあったでしょうから、その部分から入り込んでいたのかもしれません。キャンペーンそのものとキャンペーンソングを一体で面倒をみたという感じで、ある意味効率的かもしれません。

 

 そんな前提がある歌なので、当然歌詞の中でも“春咲小紅のワードがサビで連呼されるわけです。よく考えてみると意味が分からないコピーで、このあたりはプロのコピーライターや広告マンの仕事といった感じです。聴いている方もいろいろ想像させる絶妙なワードで、たった4文字で春に咲く花と、春を彩る口紅の色と両方を想像させます。また《くるくる》《ふわふわ》《キラキラ》《ユラユラ》《ひらひら》といった擬態語を多用した不思議な歌詞と、それらの中に混ぜた《ミニミニ 見に来てね》によって、実に独特な世界を生み出しているのです。そしてその不思議な世界観を、矢野顕子がしっかりボーカルで表現し、特に舌足らずな印象を与える歌い方がチャーミングで、この歌の世界観にぴったりと調和しているのですよね。それが結果的にこの曲のヒットにつながったのではないでしょうか。今でも矢野顕子といったら、まず『春咲小紅』が浮かびますからね、彼女の名刺になった曲であることには違いないでしょう。