80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.216

 

驛舎  さだまさし

作詞 さだまさし

作曲 さだまさし

編曲 服部克久

発売 19812

 

 

 

都会で夢破れ故郷に戻ってきた君を優しく受け入れてくれる昔ながらの駅舎、時が止まったように静かな情景が写し出された一曲

 

 さだまさしは数々の名曲を送り出してきた、今やフォーク系音楽のカリスマ的な存在であります。フォークデュオのグレープ時代には『精霊流し』(19744月、最高2位、58.0万枚)『無縁坂』(197511月、最高12位、32.7万枚)などのヒット曲を出し、ソロになってからも『雨やどり』(19773月、最高1位、68.3万枚)で大ヒットを飛ばすと、1979年から1982年頃までにかけては、ヒット曲量産体制に入ってきます。もっとも売れたのは言うまでもなく『関白宣言』(19797)であり、オリコン1位だけでなく、122.7万枚のミリオンセラーを達成し、まさにさだまさし絶頂期に突入。12インチの企画盤を除くと、『天までとどけ』(19791)から6曲連続トップ10入り、9曲連続トップ20入りと、芸能音楽界を謳歌する(?)のです。そんなさだまさし絶頂期に出した一曲『驛舎』を今回とりあげます。なぜこの曲を選んだかというと、私が大好きだからです。

 

 さだまさしの歌は、大きく分けるとコミカル系とシリアス泣かせ系があって、前者が『雨やどり』、『関白宣言』、『恋愛症候群』(19858)など、後者が『道化師のソネット』(19802)『防人の詩』(19807)、そして『驛舎』などになるでしょう。もちろん両者を兼ね備えたような歌もありますが、『驛舎』はコミカルな要素は全くなく、シリアス一本やりの歌です。この曲、ヒットしていたのは私が中学生時代で、実はさほど気にもとめていませんでした。しかし自分が東京に出て、そして地元に戻りといった経験をしていくうちに、この曲の良さがじわじわと染み入ってくるようになってきたのですよね。中学生ぐらいだと、やっぱり『関白宣言』とか『恋愛症候群』とか笑える曲の方がとっつきやすいし、楽しめますからね。

 

 なんといっても歌詞が素敵なこの作品。冒頭

《君の手荷物は 小さな包みがふたつ 少し猫背に 列車のタラップを降りて来る》

とオープニングに相応しい描写ではじまり、昔ながらの映画だったらこの次にタイトルロールというところでしょうか。

《驚いた顔で 僕を見つめてる君は ゆうべ一晩 泣き続けていた そんな目をしてる》

とここで歌い手である「僕」が登場。駅のホームで「君」の帰りを待っていたのでしょう。降りて来た「君」は待っていることも知らなかったのでしょう、「僕」を見つけて驚くわけです。「僕」はこの日「君」が帰ってくることをどうして知ったのでしょうか。

《都会でのことは 誰も知らないよ 離すこともいらない》

とあるように、何か辛いことがあったのはわかっていても、具体的に何があったのかは知らないようですし、誰かから聞いたということでもなさそう。ただ都会で何か辛いことがあった「君」が今日帰ってくるということだけを知っていた。私の勝手の想像ですと、「僕」は「君」と幼馴染のような関係で、「君」のお母さんあたりから、今日帰ってくるよということを聞いていたのでしょう。

《ふるさと訛りの アナウンスが今 ホームを包み込んで》

《駅に降り立てば それですべてを 忘れられたらいいね》

と、ここまで聴いただけで、ふるさとの優しさに聴いているだけでも涙が出てきそうです。

 

 2コーラス目がさらに良くて、とにかくすべての歌詞が優しくて素敵なのです。果たして「僕」と「君」の関係とはどんなものなのか、いろいろと想像させてくれるところがこの歌詞にはあります。そもそも「君」は男なのか、女なのか。ネットなどで調べてみると、どうやら「君」は女性っぽいのですが、男であっても決しておかしくない歌詞ではあります。実際、私も「君」は男の人なのかなとも思っていました。《ざわめきの中で ふたりだけ息を止めてる 口を開けば 苦しみがすべて 嘘に戻るようで》

と、駅の中で周りの音が二人だけに聞こえないような静寂が伝わってきますが、二人とも黙っている、そして二人ともに苦しみを抱えているように受け取れます。さらに

《泣きはらした目が 帰ってきたことが 君をもう許してる》

とありますから、やはり「君」が都会に出ていった背景には、何かしらの問題があったのでしょうね。喧嘩なのか、別れなのか、とにかくそんな想像をさせるところがこの『驛舎』の詩の奥深いところでもあります。もちろんメロディーもアレンジもよくて、やはり映画音楽のような雰囲気を感じさせます。特に優しく囁くように始まるイントロと、これから新しい章が始まるかのようなエンディングの壮大感。繰り返しになりますが、大好きな曲なのです。

 

  セールス面ではオリコン最高9位、19.7万枚と前作『防人の詩』の最高2位、56.4万枚と比較すると、大きく低下し、さだまさしの中では目立った作品ではないかもしれません。ただ実はさだまさしのシングルとしては最後にトップ10入りしたシングル(11位で惜しかったはこの後2作ありますが…)でもあるのですよね。知らない人にはぜひ一度ゆっくり味わいながら聴いてほしい一曲でした。ちなみに私の好きなさだまさしベスト3は『驛舎』『長崎小夜曲』『道化師のソネット』です。