80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.167
チェリー・ブラッサム 松田聖子
作詞 三浦徳子
作曲 財津和夫
編曲 大村雅朗
発売 1981年1月
小田裕一郎3部作を経て、いよいよ始まる松田聖子のサクセスストーリー、その始まりに相応しい財津和夫によるロックテイストの春ソング
いよいよ松田聖子です。数々の名曲を残してきた松田聖子から、どのシングルを取り上げるかということでしたが、大好きな『チェリー・ブラッサム』を迷わず選択しました。1980年4月『裸足の季節』でデビューした松田聖子は、2曲目『青い珊瑚礁』(1980年7月)でアイドル歌手として大ブレイク、続く『風は秋色』(1980年10月)で初のオリコン1位を獲得しました。この初期3部作はいずれも作詞三浦徳子、作曲小田裕一郎で、曲調も似た雰囲気、女性アイドルの王道をいく爽やかな楽曲は、どちらかというと守備的で無難な選択で、まずはアイドル歌手として、軌道に乗せたいというところではなかったのでしょうか。ただ当時は、アイドルソングというとどこか低く見られがちなところがあって、アイドルが歌っている曲を好きだなんて、友達についついこぼしたりなんかすると、こいつ音楽を知らないななんて思われる節があって、あまり堂々と宣言しにくいようなところがありました。
そんな中、アーティスト松田聖子としての攻勢が始まっていくのですが、その最初が財津和夫作曲による4thシングル『チェリー・ブラッサム』だといっていいのではないでしょうか。この財津和夫との仕事をきっかけに、以後大瀧詠一、松任谷由実、細野晴臣、佐野元春、尾崎亜美、土橋安騎夫、大江千里、奥居香といったそうそうたるミュージシャンと組んだ楽曲を発売していくことになるのです。もちろん松田聖子以前にも、山口百恵がさだまさしや谷村新司と、桜田淳子がと中島みゆきといった、アイドル歌手が当時で言うニューミュージック系のアーティストと組んでということはありましたが、アイドルとニューミュージックとの融合を戦略的に行っていったのは、やはり松田聖子からではないでしょうか。そこで最初に選んだパートナーがチューリップの財津和夫だったわけです。
財津和夫とはこの後、5th『夏の扉』(1981年4月)、6th『白いパラソル』(1981年7月)、11th『野ばらのエチュード』(1982年10月)と、4曲のシングルで組んでいます。ちなみに他のアーティストへの提供曲としては、沢田知可子『会いたい』、中山美穂『クローズ・アップ』、島田奈美『ハロー・レディ』、坂上香織『赤いポシェット』、芳本美代子『心の扉』などがあります。
さて『チェリー・ブラッサム』ですが、まずイントロが素晴らしいです。この歌で歌われる春という季節の「何か始まりそう」な感、そしてこれからまさに飛び立とうとしている松田聖子自身の勢いが、このわずかなイントロの間にも表れていて、ワクワクさせられます。歌が始まれば始まったで、ハスキーががる前の伸びのある松田聖子の歌声が、ラブソングの形を借りながらも、これから大きな世界へ漕ぎ出していく自身への大きな希望を歌っているようで、光り輝く未来がまさに目の前に待っているような感じが伝わってくるのです。そして何よりもこのロックな曲調が、その先の素晴らしい未来へ、早くたどり着きたいという気持ちを掻き立てるのですよね。まさに昇り竜松田聖子(失礼!)をま象徴する歌ではないでしょうか。またシンブルに、春の新しい恋への高揚感を歌ったラブソングとしても、やはり名曲といって差し支えないでしょう。個人的には、私が聴いてきたすべての曲の中でも、1,2を争う大好きな曲が『チェリー・ブラッサム』なのです。
この後の松田聖子は改めて記すまでもなく、日本アイドル界そして音楽界においても、唯一無二の存在として、多くの名曲を残していくことになります。当時アイドルの歌なんてと馬鹿にされていたなんてことも、今こうして何十年経っても歌い継がれている現実をみると、なんか嘘みたいにも感じてしまいます。アイド歌手がグループとしてしか成立しなくなった今振り返ると、一人で音楽シーンをも変えていった松田聖子という存在は、もはや奇跡とさえ思えてしまうのです。
最後に、松田聖子のシングル曲で好きなベスト10を選んでみました。
1 チェリー・ブラッサム ★
2 白いパラソル ★
3 ハートのイヤリング ★
4 天国のキッス ★
5 赤いスイートピー ★
6 夏の扉 ★
7 瞳はダイヤモンド ★
8 秘密の花園 ★
9 Pearl-White Eve ★
10 風立ちぬ ★
★=80年代発売
ついでにB面ベスト5
1 蒼いフォトグラフ ★
2 レモネードの夏 ★
3 制服 ★
4 レンガの小径 ★
5 ボン・ボヤージュ ★