80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.143
悲しみが止まらない 杏里
作詞 康珍化
作曲 林哲司
編曲 角松敏生、林哲司
発売 1983年11月
初めて大ヒットとなったアニメ主題歌の勢いを借りてリリースした失恋ソングが自身の代表曲に
1978年『オリビアを聴きながら』で歌手デビューした杏里。ただしデビュー当時の彼女の立ち位置はどこかはっきりしない感じで、自身で作曲した作品を歌うようになるのは、シングルA面曲では16枚目『16BEAT』(1985年4月)が最初。賞レースにも顔を出したりもしていましたし、どこを目指しているのかが分かりにくい存在でした。デビュー曲『オリビアを聴きながら』は今でこそ杏里の代表曲の一つになっていますし、スタンダードナンバーとして多くの歌い手にカバーもされる存在になっているものの、当時のセールスはオリコン最高65位と散々たるもの。その後もセールス的には苦戦が続き、12枚目シングルまでは、その65位を超える作品がなく、オリコントップ100に入った曲でさえ、12曲中3曲と、まさにいつ消えてもおかしくないという売れないシンガーだったのです。
ところがそんな杏里に転機が訪れ、停滞状況を一変させたのが、13枚目シングル『CAT’S EYE』(1983年8月)でした。この曲が人気テレビアニメ『キャッツ・アイ』のテーマ曲として発売されると、一気にヒットチャートを駆け上がり、オリコン1位、売上82.0万枚という大ヒットになり、杏里もたちまち人気歌手の仲間入りとなったのです。そしてその勢いに乗った中で発売された14枚目のシングルが『悲しみが止まらない』だったのです。
それまで売れなかった歌手に一発大ヒットが出ると、その次のシングルは大抵似た路線で、つかんだばかりのファンを離さないような戦略をとることが多いのですが、『悲しみが止まらない』はスピード感があってカッコいい『CAT’S EYE』とは全く曲調の異なる、友達に恋人を奪われた女性の心を歌った失恋ソングでした。しかしこれが『CAT’S EYE』とはまた違った杏里の魅力を見せることに繋がり、2作続けてのヒットを生むことになったのです。そしてオリコン最高4位、売上42.3万枚の実績とともに、杏里の人気と知名度を確固たるものにしてくれたのです。
なんといっても『悲しみが止まらない』は、失恋した女性の心をストレートに表現した歌詞が、多くの女性の共感を呼んだことが大きいのではないでしょうか。恋人に友達を紹介したことをきっかけに、その友達に恋人を奪われてしまうという、悲惨な失恋が誰にでもわかる言葉で、しかもストーリー性をもって歌われているので、一回聴いただけですんなりその気持ちが心に入ってくるのですよね。作詞は康珍化。さすが売れっ子作詞家といった仕事です。そしてその切ない歌詞にぴったりとはまった印象的なメロディーを作ったのが林哲司。ともに杏里のシングル曲としてはこの『悲しみが止まらない』だけなので、このあたりはタイミングと巡り合いといった印象は受けます。
《あなたに彼女 会わせたことを わたし今もくやんでいる ふたりはシンパシィ感じてた 昼下がりのキャフェテラス》《あの日電話がふいに鳴ったの あの人と別れてと彼女から》ここの一連の下りだけで、歌い手の辛い状況が、映画のシーンのように目に浮かんできます。そして2コーラス目では《誤解だよって あなたは笑う だけどキッスは嘘のにおい 抱きしめられて気づいたの 愛がここにないことを》と恋人がなんとか胡麻化そうとしている様子に気づいてしまっているのがまた切なさを増幅させます。そしてここから始まる心の叫び《彼を返して》《だれかたすけて》と言葉を変えて訴えかける悲痛な思いが、聴き手の心を大きく揺さぶるのです。
大ヒット曲の直後に勝負をかけてリリースした、前作とは正反対の失恋ソングが、結果的に大成功となり、この曲もまたスターダードとして、歌い継がれていくことになったのです。この後、次のシングル『気ままにREFLECTION』(1984年4月)でもオリコン7位とトップテン入りを果たし、1987年から1988年にかけて、さらに2年のブランク後の1991年から1993年にかけては、安定してトップ20入りシングルを生み出す人気歌手となっていったのです。それと同時に過去の作品も改めて取り上げられ、冒頭で記したように、売れなかった『オリビアを聴きながら』がスタンダードにとなっていったのです。そういった意味で、『悲しみが止まらない』は杏里のアーティスト人生を大きく変える一曲となったのは間違いないでしょう。