80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.94
セシル 浅香唯
作詞 麻生圭子
作曲 NOBODY
編曲 戸塚修
発売 1988年8月
気持ちの落ち込んだあなたの背中をそっと押してあげる名曲、人気絶頂期にリリースしたしっとり応援ソング
浅香唯がデビューしたのは1985年6月ですが、デビュー曲『夏少女』は平凡なアイドルソングで、オリコン100位にも届かないという、まったく売れないアイドルとしてスタートしました。デビュー時からプロモーションに大きなお金をかけて、いきなりチャートの上位に飛び込んでくるアイドルたちの多い中、浅香唯はかなり苦しいスタートで、数年後の姿を想像できた者は、この時点ではまずいなかったでしょう。2曲目『ふたりのMoon River』(1985年9月)も正統派のアイドルソングでしたが、これもだめ。そこで何とかしようと勝負したのが、3枚目『ヤッパシ…H!』(1986年1月)、4枚目『コンプレックスBANZAI!!』(1986年5月)という色物系ソングでしたが、これも売れず。この2曲に関しては、攻めた曲ではありますが、遊び心にあふれた楽しいポップな曲で、もし知名度が上がった頃にリリースしていたら、おそらく違った結果になっていたのではないでしょうか。私は好きでした。ただ浅香唯のキャラクターには合っていなかったかもしれません。
初めてオリコンの100位に登場したのが、5枚目『10月のクリスマス』(1986年9月)の88位でした。これは前2作から一転して、静かでメロディアスなちょっと早いクリスマスソングで、これもなかなか良い曲です。ただ普通ならこのあたりで諦めてしまい、別の道を探るか、芸能界をやめるかといった流れになってくるのが、多くのアイドルたちでしたが、彼女の場合は違いました。素材はけっして悪くないのになぜ売れないのかというのは私も感じていましたし、おそらく周りもそれは思っていたからこそ、これだけ売れなくても、リリースを続けてきたのでしょう。そんな状況を一転させたのが、1986年10月に「スケバン刑事Ⅲ」への抜擢でした。過去のスケバン刑事の斉藤由貴、南野陽子はいずれも人気アイドルとなったこともあり、浅香唯陣営にとってはこれ以上ないチャンスがやってきたのです。
セールスにもそれは如実に表れていて、6枚目のシングル『STAR』(1987年1月)は一気にジャンプアップ、オリコン最高9位、売上8.2万枚を記録したのです。そこからは完全に右肩上がりの上昇気流に乗り、一気に代表的人気アイドルに昇り詰め、当時アイドル四天王といわれる一人に数えられるまでになったのです。8枚目『虹のDreamer』(1987年9月)で初のオリコン1位と10万枚超えを果たすと、1988年には人気絶頂期を迎えます。浅香唯のキャリアの中での売上ベスト4が、すべて1988年にリリースされてた4曲であり、その中でも『C-Girl』(1988年4月)はカネボウのキャンペーンソングにも使われ、また自身もCMに出演することで、オリコン1位はもちろん、自身最大のヒット曲になり、今でも浅香唯の代表曲として扱われる存在になったのです。
ただ、この年に出した他の3枚のシングル『Believe Again』(1988年1月)、『セシル』『Melody』(1988年11月)もかなりいい曲でして、彼女のキャリアの中でも、曲に恵まれた1年間だったと思います。その中でも名曲といっていいはずの、今回は11枚目のシングル『セシル』をとりあげてみました。一番のヒットとなった前作『C-Girl』が元気満点の夏全開ソングでしたので、とりあえずその次は似たような元気な曲で無難に攻めるというのもひとつのセオリーですが、ここはあえてしっとりとメロディー重視の路線に戻しての『セシル』だったのですが、これがなかなかの良い曲なのです。しかも作曲が『C-Girl』と同じNOBODYと聞くと、ちょっと意外な気もします。NOBODYもこんな曲もかくのですね、と。
作詞は麻生圭子。浅香唯では『Believe Again』(これもいい曲!)で実績はありますし、のちには『NEVERLAND』(1989年3月)、『Chance!』(1990年2月)、『ボーイフレンドをつくろう』(1990年6月)でも組んでいます。他のアーティストの作品では、中森明菜『Blonde』、吉川晃司『You Gotta Chance 〜ダンスで夏を抱きしめて〜』、小泉今日子『100%男女交際』、徳永英明『最後の言い訳』、小比類巻かほる『Hold On Me』『City Hunter』、西村知美『シンフォニーの風』『ポケットに太陽』、渡辺満里奈『夏休みだけのサイドシート』、立花理佐『疑問』、田村英里子『リバーシブル』、田原俊彦『夢であいましよう』、藤谷美紀『転校生』と、アイドルの楽曲を中心に、たくさんのヒット曲を産み出しています。
『セシル』については、その麻生圭子の作る歌詞がまた繊細で、秋に聞くと、ほんとうに人恋しくなるような、ほろりとするような、そんな優しさにあふれた詩なのですね。特にサビの《人は大人になるたび弱くなるよね ふっと自信を失くして迷ってしまう》あたりは、思いっきり共感して、心に響きまくり。歌い手の主人公となる女の子と、隣にいる「あなた」の関係を想像すると、なんかキュンキュンしてしまいます。詩とメロディーが絶妙にマッチして、素晴らしい曲だと、今でもそう思っています。セールス的にも4曲目のオリコン1位を獲得し、売上も『C-Girl』に次ぐ自身2番目に多い売上となり、浅香唯の代表曲のひとつになったのでした。
こんなに活躍した1988年の浅香唯でしたが、残念でならないのは、紅白歌合戦に一度も出場できなかったことです。この年は最大のチャンスだったのですが、四天王同士の枠の取り合いから、中山美穂、工藤静香が初出場し、浅香唯と南野陽子が落選。この二人が一度も紅白に出場していないというのは、今となっても不思議で仕方ありません。
さて1988年に人気絶頂を迎えた浅香唯ですが、旬の限定されたアイドルの宿命のように、翌年以降は緩やかにセールスも低下していきます。最後のトップ10入りしたシングルが、前述の1990年6月発売の『ボーイフレンドをつくろう』でしたが、楽曲的にも以降はあまり恵まれていたようには感じられず、ある時期から変にロック志向に走ったりもしてしまい、歌唱力が特にあるわけではない彼女にとっては、そこから挽回する力はなかったようです。ただその後も、休業をはさみながらも、芸能界でしっかりと活躍を続けているところを見ると、なかなかの強かさを感じるわけです。
最後に、浅香唯のシングル曲で好きなベスト10を選んでみました。
1 セシル ★
2 Believe Again ★
3 Melody ★
4 ヤッパシ…H! ★
5 コンプレックスBANZAI!! ★
6 10月のクリスマス ★
7 虹のDreamer ★
8 瞳にSTORM ★
9 C-Girl ★
10 ふたりのMoon River ★
★=80年代発売