80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.80
キッスは目にして! ザ・ヴィーナス
作詞 阿木燿子
作曲 ベートーヴェン
編曲 井上大輔
発売 1981年7月
作曲ベートーベン!、あまりにも有名なクラシックのピアノ曲をオールディーズ風の大胆なアレンジで大ヒット
最初にこの曲を聴いたとき、どこかで聴いたことのある曲だなと思ったことは確かなのですが、実はベートーヴェンの『エリーゼのために』だと知ったのは、テレビかラジオで、“作曲 ベートーヴェン”というのをちゃんと紹介するのを聞いたときでした。なるほど、一回聴いただけですぐにメロディーを覚えてしまったのは当たり前で、実はもう何度も何度も聴いていた曲だったのですね。
歌っていたのはザ・ヴィーナスというオールディーズを中心に披露するバンドで、紅一点のボーカルのCONNY(コニー)が前面に出て、男性陣が演奏とコーラスでサポートしていました。このザ・ヴィーナスは、音楽性はもちろんですが、ファッションもオールディーズ調の曲にあったレトロポップでサイケなイメージで統一され、とてもおしゃれ。コンセプトがきちんと明確にされていて、時代が経過した今、改めて当時の映像を見ると、余計にその作り上げられた世界に、感嘆してしまうのです。
1981年7月に発売された『キッスは目にして!』は、同年秋のカネボウ化粧品のキャンペーンソングに起用されると、多くの人の耳に届くこととなり、大ヒットへと繋がっていったのです。毎週のようにテレビの音楽番組に登場して、この『キッスは目にして!』を歌い、結果としてオリコン最高4位、売上49.5万枚という実績をあげました。この『キッスは目にして!』だけを切り取ってみると、ポッと出の一発屋的な感じを受けるのですが、実は当時すでになかなかのキャリアを持つバンドだったのですね。デビューは1974年に「ビーナス」としてデビュー、当時は男だけの5人組だったようです。その後メンバーの入替を何度か繰り返し、名前も「ヴィーナス」から「ザ・ヴィーナス」と変えていきながら、ようやくブレイクに至ったということなのです。結構下積みがあったのですね。
そしてようやくヒットしたのが『キッスは目にして!』だったのですが、作詞がなんと阿木燿子。いうまでもなく山口百恵の一連のヒット曲の作詞家として有名なのですが、売れていなかったオールディーズバンドの曲を手掛けたというのは、化粧品キャンペーンソングということが先にあったからなのでしょうか。出だしから《罠 罠 罠に落ちそう》と印象的なフレーズを持ってきて、そのあとは化粧品のキャンペーンソングに相応しいワードを散りばめながらも、刹那的な恋に情熱を燃やす女性の感情を歌にしていて、さすがプロの仕事という感じです。この情熱的な歌詞が、スカート部分が大きく膨らんだ(いわゆる落下傘スカート風)カラフルなドレスで楽しそうに歌い踊るCONNYの姿と見事に調和して、独特の世界観を演出することで、多くの人々の支持を受けることになったのでした。
ただ、あまりにきちんとコンセプトを固めて創り上げたバンドだったことで、一般の人から観ると、一種の企画バンド的な見え方になってしまったところはあるかもしれません。次にリリースした『ペパーミント・ラブ』(1981年11月)は、これまた懐かしさを強く感じさせるオールディーズ調の味わい深い曲ではあったのですが、オリコンでは最高24位どまり。それでも売上は9.1万枚をあげており、健闘したともいえる実績ではあったのですが、前作のヒットの印象が強く、悲しいかな一発屋的な存在としての印象は、これにより強くなってしまったのかもしれません。さらに次のシングル『情熱のスキャンダル』(1982年3月)も含めて、覚えやすいくていい曲なのですが、この手の曲を歌うバンドは、やはり特定のファン層を対象に、ライブハウスなどで定期的に演奏していくような形が合っていたのかもしれません。
ザ・ヴィーナスは『キッスは目にして!』のヒットの2年後の1983年に解散してしまうことになります。ブレイクするまで約7年、ブレイクして解散するまでが約2年、それを考えるとちょっと切なくなります。勝手な想像ですが、もしかすると、ヒット曲が生まれたことで、解散を早めてしまったのかも知りません。一度売れてしまうと、下積み時代の形にはなかなか戻れなくなってしまうということか、或いはある程度目標を果たしたという達成感か、はたまたよくある音楽性の違いというやつか、よく分かりません。ただその後の長い年月の経過の中で、彼らのようなオールディーズバンドが再び日本のヒットチャートを賑わしたということがほとんどありませんから、『キッスは目にして!』については、今となっては実は大きな意味を持つヒットだったと言えるのではないでしょうか。