今回のベスト10はややマニアックなところから、
フィンランドの異才アキ・カウリスマキ監督の作品です。
セリフの少ない独特の間と冴えない小市民たち、
観たらすぐカウリスマキだと分かる作風は
ほかの人にはまず真似できない味わいです。
①過去のない男
カウリスマキ監督の個性が遺憾なく発揮された作品です。記憶を失った男が、自分が誰なのかを理解するまでの様々な出会いの悲喜交々を通じて、人間というものの悲哀と可笑しさと暖かさをふんだんに見せてくれます。この監督の登場人物は、この映画に限らず、すべて無表情で、大げさに笑ったり泣いたりということがないのですが、そのポーカーフェイスぶりの中に、優しさと可笑しみをにじませるのがとても上手で、味わい深い作品に仕上げてきます。特に記憶喪失の主人公は、仕事を拒否されても、家を追い出されようとしても、銀行強盗にあっても、警察に捕まっても、とにかく蟹江敬三似の顔表情ひとつ変えません。自分の過去が判明したところであっさりしたものです。この映画を観ると、過去にこだわっていることなど馬鹿馬鹿しくさえ思えてきます。何より大事なのはこれからの未来(台詞にも出てきましたけれど)なのだと。とにもかくにも人生はいろいろ、ということでしょうか。
②浮き雲
カウリスマキお得意の貧困を描いた作品でありますが、どこかひょうひょうとした雰囲気が漂っていて、深刻な暗さを感じさせません。決して笑わないけれど、大声で怒鳴ったりもしない不思議な夫婦を観ているだけでも、どこかにやにやしてしまう。そして最後の明るい終わり方で、すべてが許せてしまうような気持になれました。
③ラヴィ・ド・ボエーム
1992年の作品とは思えない、昔の名作を観るような雰囲気を持った作品であります。もちろんわざわざモノクロームを使っているということはあるのでしょうが、その使い方も実に昔っぽい色合いなのです。さらに最初から最後までとことん貧乏を通しているところは、舞台も現代ではないのですが、実にリアルに感じられます。くたびれた男女のおりなす悲しくて寂しい物語。
④マッチ工場の少女
短いしセリフも極端に少なく最低限のものにしたなかで、不細工で冴えない主人公の悲劇とそのあまりに短絡的な復讐劇がブラックユーモア調に綴られている異色の作品。虐げられ続けている主人公をオウティネンが絶妙の間で演じています。取り巻く人間もどこか冴えない連中ばかりなのが可笑しい。最後はあまりにあっさり逮捕されてしまうのがまた冴えない主人公らしさが滲み出ていてなんともいえない哀しさと可笑しさが入り混じったような感傷にさせられます。
⑤コントラクト・キラー
異才カウリスマキらしさ全開のブラックタッチのラブロマンス映画。一筋縄ではいかない彼らしい、他の作品と同様極力セリフを排除した作品になっています。登場人物もすべて変わり者。無口で表情を変えない人々のアンサンブルが繰り広げられます。
⑥罪と罰
ある日突然人を撃ち殺した男と第一発見者の女、そして事件を追う刑事の不思議で不可解な行動を描いた個性的な作品です。しかしそこにあるテーマは愛そのもの。そういった意味ではわりとストレートな恋愛映画といってもいいでしょう。「いつまでも待つわ」という古風な形で終結。
⑦真夜中の虹
金なし、仕事なしのくたびれた雰囲気の男女が出てくるカウリスマキお得意の映画。短い時間で、次々に悪いことが襲ってくるのですが、することすることがすべて裏目に。最後には光明が見えてくるという点で、「浮き雲」に似たところもありますが、こっちはとにかく違法行為で活路を見出していくという点でかなり強引。だから良かったなという爽快感はない。それでもなんとか生き抜こうという人間の強さというものは充分感じ取ることが出来ました。
⑧愛しのタチアナ
2人組の冴えない40男のシャイで不器用な恋愛をとぼけた味で描いたカウリスマキらしい味わいの作品です。1時間ほどという短い作品で、その分パンチが不足した形。
⑨パラダイスの夕暮れ
物悲しくもほのかに可笑しさを感じさせる異色のラブストーリーに仕上がっています。とはいうものの、男女がついたり離れたりの展開は全体的に単調で、特に後半はこんなに短い作品でありながら、じれったさを感じさせられます。独特の雰囲気を持つカティ・オウティネンと主人公のマッティ・ペロンパーの演じる生活いっぱいの冴えないカップルはリアリティ充分に演じているなど、雰囲気自体はこの監督らしい味わいが出ているだけに、もう少しキレのある展開が欲しかったところ。
⑩レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ
シュールなコメディです。田舎の下手糞バンドが身のほどもわきまえずアメリカへ行く、どさ回りを続けても受けない、どこか時代錯誤なスタイルは確かに可笑しくはあるのですが、全体的に説明が不足気味なので、場面場面の状況が把握しづらいところはあります。セリフを極力排除するカウリスマキのスタイルが、ここでは若干マイナス方向に働いているようだ。あくまでも私にはですが。これがはまる人にははまりそうな気はします。