子供の頃に近くに氷屋さんがあって、
大きな氷室から大きな氷を引き出して
それをある程度の大きさに切り、自転車の
うしろに積んで配達していた事を
良く覚えている。氷を切らせてもらったことも
数限りなくある。

隣の寿司屋にも配達に来ていて、店の前で
大きな鋸を使いシャッシャッと切っていく。
八分がた切ったところで鋸を抜き、今度は
鋸の背を氷の間に差し込んで根本の厚い部分まで
コンとスライドさせてやれば氷はきれいに切れる。

配達された氷は新聞紙やタオルのような布に包んて
冷蔵庫、または暗所に保管しておく
夜、飲み屋などでは木やアルマイトの桶の中に
その氷を入れてアイスピックで突いて砕き
水割りやオンザロックを作る。
この氷を砕く音もまた涼しげな物である。

味は当然美味しいに決まっている。
近年、飲食店ならどこでも使っている製氷機、
その製氷機で作られた氷の元は水道水である。
家庭の冷蔵庫で固められた氷だって水道水。

その氷と氷屋で扱っている氷は味が違う。
しかし、こう言った氷を扱う氷屋さんも
きっと減少しているに違いない。
この配達される氷を使ったいるのは、だいたい
新しい店よりも昔ながらのおばちゃんママが
一人でやっているような昭和の匂いが
プンプンするバーやスナックに限られる。

数年前「ぶらり途中下車の旅」で下町の飲み屋街を
訪ねたことがある。その時に久しぶりに氷屋を見た。
軽トラの後ろには大量の氷が積まれ、
飲み屋の入り口に切った氷の固まりが置かれる。
ここからが日本だ。

その氷は誰も盗んでいかない。
まだママが店に来ていない人気のない真昼の飲み屋街
それでも誰も盗んでいかないのは日本だからだ。
その氷でサラリーマン達が会社帰りに涼しげな
水割りを飲んでいる姿を容易に想像できる。

そんな涼しげな風景を想像するたびに
僕もちょっと涼しくなる。
また聞きたいものだ、あの氷を砕く音、そして切る音、
水割りのグラスを鳴らす、あの涼しげな音。