雛菜「あ〜〜愛依先輩か〜〜〜」
愛依「雛菜…ちゃん…?」
雛菜「久しぶり??ですね〜〜あのロケで共演NGになって以来………」
愛依「あ…うん、そうかも……」
雛菜「事務所でも会ってないから、本当に何ヶ月ぶりですかね〜?」
愛依「あ、あのロケはさ……雪でスケジュールめっちゃブレて……朝早くて全然寝てないし…みんなイライラしてて……!」
雛菜「そっか〜〜雪だったら共演NGになってもしょうがないですもんね〜…」
愛依「……ごめん」
雛菜「雛菜覚えてますよ〜〜?お正月の生放送だったのに、あさひちゃんはどっか行っちゃって〜〜冬優子先輩と円香先輩が口喧嘩始めて〜〜いつのまにか透先輩もいなくなって……」
愛依「………雛菜ちゃんだって、カメラ回ってるのに勝手に買い物とかし始めたじゃん……」
雛菜「へ〜〜?だって小糸ちゃんと愛依先輩がどうにかするって言ったんじゃないですか〜?」
愛依「人のせいに…!」
雛菜「でも結局うまくまとめられなくて、ネットでオモチャにされて番組ごと燃えちゃいましたもんね〜♡」
愛依「…何がそんなに楽しいの?さっきから…!」
雛菜「怒ってるんですか〜〜?」
愛依「………ううん、うちも悪かったから……あれ……ノクチルのみんなにもごめんって思ってる…」
雛菜「優しいんですね〜〜愛依先輩」
愛依「雛菜ちゃんだって……あんなことがあっても…こうやってうちと話してくれてるから………優しいじゃん」
雛菜「でも〜〜これ見てもらえますか〜?」
愛依「ん?なになに………動画サイト?」
雛菜「ライブ配信ですよ〜〜雛菜と愛依先輩の決闘配信だって〜〜自分でも見れますよ、これ」
愛依「………あ」
雛菜「ん〜〜?愛依先輩はその為に来たんじゃないんですか〜?」
愛依「い……いやいや!確かに聞いてたけどさ……………え?マジなんこれ?」
雛菜「あの社長が嘘言うと思います〜?こんな配信サイトまであるのに……」
愛依「そりゃそうなんだけど……てかコメントめっちゃ荒れてんだけど……なんで??」
雛菜「あは〜〜♡早く戦えだって、雛菜と愛依先輩が喧嘩するの、みんなそんなに見たいんだ〜」
愛依「カメラ……どこにあんだろ……」
雛菜「え〜〜外しちゃダメですよ〜〜?」
愛依「だってこんなこと……!雛菜ちゃんだってさ……やりたくないっしょ、こんなこと……」
雛菜「う〜ん……痛いのは絶対嫌だし〜……別に喧嘩はしたいわけじゃないかな〜…」
愛依「そう…だよね………じゃ、じゃあ辞めちゃおっか!めっちゃコメント叩かれてるけど……」
雛菜「ねぇ愛依先輩〜」
愛依「なに?」
雛菜「……………雛菜のこと、嫌いじゃないんですか〜?」
愛依「………………」
愛依「……好きじゃ、ないよ」
雛菜「雛菜も〜」
愛依「あさひちゃんと冬優子ちゃんに変なことしたりさ……ファンになりすまして悪口メールをあたしに送ってきたり……それは許せないし」
雛菜「雛菜も〜〜冬優子先輩が小糸ちゃんいじめてるの、ちょっとありえないって感じでしたね〜〜」
愛依「でも……あたし達がここで喧嘩すんのは、違うと思う」
雛菜「雛菜も同感ですね〜〜、みんなに見られながら痛いのなんて全然幸せじゃないし……」
愛依「ほ、ほら……やっぱり辞めようよ雛菜ちゃん。あたしが社長と話してくるからさ、ね!」
雛菜「あ〜〜〜…………」
雛菜「でも〜〜……それ以上に、雛菜は透先輩と……皆でアイドル続けたいし〜〜」
愛依「………!」
雛菜「その為にはお金が必要で〜…雛菜達が喧嘩してるこの配信で稼いで〜しかも残れるのは1ユニットだけだって〜……」
愛依「……待」
雛菜「痛いのは嫌だけど〜……雛菜も頑張らなくっちゃ……円香先輩が頑張った意味が無い」
雛菜「やっぱり喧嘩しよっ、愛依せーんぱい♡」
愛依「そう来るか〜…雛菜ちゃん……」
雛菜「ほら、喧嘩するって言ったら再生数もコメントも伸びてる〜〜」
愛依「え、なんで…!?」
雛菜「ギャルJK同士のタイマンだって〜〜雛菜ギャルじゃないのに〜〜!!あは〜」
愛依「……おかしいよ、この人たち」
雛菜「え〜〜お金落としてくれる人にそんなこと言っちゃダメですよ〜?」
愛依「で、でもうちは…!やっぱり雛菜ちゃんとは……!」
雛菜「うーん……じゃあ〜〜いいこと教えてあげますね〜〜〜」
雛菜「冬優子先輩のこと病院送りにしたの、雛菜で〜〜す♡」
愛依「………は?」
雛菜「知らないんですか〜〜?この2,3週間ぐらい冬優子先輩と会ってないと思いますけど〜…」
愛依「い、いや確かに会ってないけどさ…!冬優子ちゃんは……実家の用事だって…メッセで……!」
雛菜「嘘ですよ〜それ」
愛依「いやいやそれこそ嘘!電話もしてたし………急に実家帰らなくちゃって……」
雛菜「あ〜〜徹底的な冬優子先輩らしいですね〜〜同じユニットのみんなにも言ってないなんて……」
雛菜「なんか〜冬優子先輩と円香先輩がこないだ喧嘩してて〜」
雛菜「冬優子先輩は、愛依先輩とあさひちゃんの仇が討ちたかったんだって〜〜円香先輩が色々やったからね〜…」
雛菜「で、円香先輩弱いから〜やっぱり円香先輩がボコされてて〜〜雛菜が助けてあげたんですよ〜?」
雛菜「冬優子先輩をボッコボコにしてあげて〜〜」
雛菜「円香先輩は1週間ぐらいだったけど〜冬優子先輩は全治1ヶ月だったって〜〜」
雛菜「愛依先輩と電話もできるぐらいならもう退院できるんじゃないですか〜?よかった〜〜!」
雛菜「あの時は〜〜……殺しちゃったかと思った」
雛菜「あ、そういえば……『あさひと愛依には絶対言うな』って言われましたけど…………」
雛菜「愛依先輩にだけは特別に教えてあげますね〜〜〜♡」
雛菜「あ、これライブ配信されてるんだった〜雛菜失敗〜〜〜」
雛菜「でもコメントも盛り上がってきたんでいいですよね〜〜!みんな楽しい〜〜?」
雛菜「愛依せんぱ〜い、なんか言ったらど」
ガン!!
愛依「…………あ…」
雛菜「ッ…………痛った〜」
愛依「その……ごめ……うち……」
雛菜「はぁ〜〜〜………」
雛菜「愛依先輩が雛菜と闘ってくれないと、お金もらえなくて引退させられちゃうので………困るんですよね」
雛菜「じゃあ、愛依先輩が雛菜に負けたら………あさひちゃんも冬優子先輩とおんなじ目に遭ってもらいますね〜〜〜♡」
愛依「ッ…!それだけは、やめて…」
雛菜「なんで〜〜〜?」
愛依「あさひちゃんは関係ない!!あの子はマジで何もしてないし……何も知らない!!」
雛菜「いいんじゃないですか〜〜?何も知らない子を雛菜がボッコボコにして………」
雛菜「ストレイライトを2度と雛菜達に逆らえないようにするの、みんなも見たいよね〜?」
──────。
────!
────、────!!
雛菜「……あは〜〜♡ほら、見てください愛依せんぱ〜い♡」
雛菜「配信のみんなも、先輩の大好きなあさひちゃんと冬優子ちゃんが雛菜にボ〜ッコボコにされるのが見たいって〜〜」
愛依「やめろッッ!!!」
ドガァッ!!
雛菜「あ゛ッ!!?」
愛依「それ以上は…許さない……!」
雛菜「…………ッてぇな……」
愛依「っ…………」
雛菜「………なんで止めるんですか?遠慮なく掛かって来ればいいのに」
愛依「……もう、止めないよ、雛菜ちゃん」
雛菜「雛菜だって止めないですから〜〜ずっと潰したかったんで、そっち」
愛依「…なんか、恨み買うようなこと、したかな」
雛菜「あ〜〜冬優子先輩は嫌がらせしてくるし……あさひちゃんは身勝手で……愛依先輩は………あは〜〜♡なんとなくムカつくんで♡」
愛依「はぁ…!?なにそれ、雛菜ちゃんマジ意味不明だわ…」
雛菜「しいていうなら〜〜〜………ユニット全員で取り繕って、偽物で、スタッフもファンも騙しながらアイドルやってるところ、かな」
愛依「……!!」
雛菜「『愛依サマ』とかいうの、本当に寒いですよ〜〜〜」
愛依「プロデューサーが一生懸命考えてくれたのに……文句言うのは許さないよ、雛菜ちゃん…!」
雛菜「いいんだ〜〜別に、雛菜達には関係ないしね〜〜〜?
でも………雛菜が幸せになるためにはね……邪魔だよ、ストレイライト」
愛依「そっか………じゃあ…後悔させてあげっから……!うちらを怒らせたことをさぁッ!!」
元々着崩していた制服から、カーディガンやセーターを脱ぎ去り捨てた。
空気が澄みよく晴れた寒空の下、腕をまくり、女子高生達は喧嘩を始める。
アイドルではあるが、それ以前に本質は普通の女子高生である愛依と雛菜。
当然まともに喧嘩などしたことがなく、2人は素人丸出しに髪の毛を掴み合う。
筈も無かった。
愛依「らァァアッ!!!」
雛菜「はぁぁあッ!!」
腰を入れた拳と拳のぶつかり合い。
それはお互いの頬を激しく突いた。
雛菜「つっ!?」
愛依「ぐっ!!」
互いの拳と頬が叩き合い、顔面を曲げる。
長い髪を大きく振り乱し、揺れる視界の中でも相手を捉え、再度拳を振り抜く。
怯むことなく、正面から激しく殴り合う。
愛依「うぐッ!?ぐふッ!うぉあぁッ!」
雛菜「ふんッ!!このッ…!ん゛ぅああッ!?」
まさしく真っ向のタイマン。
髪を掴みあったり、足を使ったりすることはない。
拳のみで、ガードもせず激しく殴り合う。
よく言えば正々堂々。悪く言えば殴るしか能がない。
が、それでも2人は殴るのをやめなかった。
プライドなのかもしれない。
片やユニットを潰すため、片やユニットを守るため。
一歩でも譲れば、負ける気がしたから。
愛依「ふっ…!はッ!はあぁッ!」
雛菜「うぐッ!?んッ!!」
愛依「隙だらけ…!」
愛依は冷静に雛菜の拳をいなし、腰を入れて屈む。
体重を曲げた下半身に乗せ、重心を下げる。
スカートが捲れようが今更だ。
そして雛菜の頬を凄まじい速さで叩いた。
雛菜「あぐッ!?」
愛依「遅く…なってる…!」
雛菜「あ〜…!腹立つんですよその口調………『愛依サマ』とかいうの…!!」
愛依「ぐふッ……!?」
ここで雛菜は初めて脚を使った。
ケンカキック、ヤクザキックとも称される強烈な前蹴りを躊躇なく放ち、愛依の腹を突く。
雛菜も当然スカートから脚と下着が晒されるが、当の本人はそんなこと思考の端にもありはしない。
雛菜「潰しますね〜〜お腹…!!」
愛依「このッ…!!はぁぁッ!!」
ブンッ!!と勢いよく、雛菜の顔面を潰す目的で放った愛依の右拳は、宙を空振った。
雛菜の右頬を掠めただけのそれは、大きな隙だった。
雛菜は向かい迫る右ストレートを僅かに左に避け、愛依の腕を掠めるように、身体を一気に前に屈める。
愛依「あっ……」
愛依が空振った右ストレートと交差するように、愛依の腰あたりまで屈み込んだ雛菜は、右腕を自身の頭の上から前方に振り抜く。
90度で肘が折れている雛菜の右拳は、愛依の顔面を容易に破壊した。
そして雛菜は前に屈み込んだ体勢。
右腕は上方。愛依の顔面を砕く。
更に左腕は下方。愛依の脇腹に拳をめり込ませた。
いわゆる空手の「山突き」の型だ。
雛菜の両拳は、愛依の顔面と脇腹を同時にブチ抜く。
愛依「げぅッッ!!!?」
ガシャアアアン!!と事務所屋上に設置されている金属の柵に衝突音が響く。愛依の身体は簡単に吹き飛び、柵に激突する。
体勢はとてもじゃないが立て直せない。雛菜の山突きは愛依の顔と腹を容易に破壊した。
手に膝をつく。一気に息が切れる。汗が吹き出す。
あまりにも重すぎる両拳に、愛依の身体は簡単にSOSを瞬く間に出していた。
これ以上動くなと、身体が告げていた。
愛依「ハッ…!!はっ…!!はっ…!!」
ガシャアアアン!!!と再び柵が歪む。
地面を力強く蹴り上げ、走り抜けた雛菜の跳び膝蹴りは、金属製の柵をも捻り潰す。
雛菜「あ〜〜避けられちゃったか〜〜…」
転がるような形で雛菜の重すぎる飛び膝蹴りを避け、愛依は屋上で距離を取る。
息は切れ、大量の脂汗が褐色の肌を滴る。
季節的には暑くはないが、お互いブラウスとスカート一枚でも身体が火照ってているようだ。
5mほど距離を取り、愛依は息を整える。
愛依「負けられない…絶対…!」
雛菜「へ〜〜?雛菜のパンチ食らってまだ動くんですね〜冬優子先輩はダメでしたけど………」
愛依「黙れよッ!!」
雛菜「キャラ変わってますよ〜ってッ…!!?」
雛菜は思わず目を閉じ、顔を伏せた。
視界を突然黒く覆われる。
それは対峙する愛依の方向、すなわち真正面から突っ込んできた。
その直後、顔面に強烈な痛みが走る。
ゴン!!と雛菜の鼻に、愛依が力のままに投げたスマホが激突する。
雛菜「い゛ぃッ!!?」
愛依「ボコボコにしてやる…!!」
愛依は怯んだ雛菜に突っ込む。
助走をつけて激しくぶつかり、間髪入れずに上半身を中心に、拳を当てまくる。
雛菜「うぐッ!?ぐふッ!あぐぅっ…!?あぁッ!ん゛ぐッ、ぅぅあッ!!」
顔、胸、肩、腹。
愛依の乱打は雛菜の身体を破壊していく。
雛菜「このッ…!!しつこい…!!」
勢いに対応できず、雛菜は愛依の拳そのものではなく、愛依自身を拘束にかかる。
まるで抱きつくように愛依に突進し、物理的に拳が当たらない体勢を作る。
2人は制服のまま、まるで柔道かのように組み合い、激しく押し合う。
愛依「くっ…!んッ…!」
雛菜「ハァ…ハァ…!力なら負けませんよ……!」
愛依「く、んんぅッ…!こいつっ…!」
挿絵:制服姿で取っ組み合う愛依と雛菜
が、その組み合いは徐々に愛依が押され始める。
雛菜に押されるがまま押され、揺さぶられる。
激しくバランスを崩し、雛菜のブラウスを掴んでいるだけで精一杯だった。
その勢いから、雛菜の腕力が見て取れた。
愛依「くっ…!強…!」
雛菜「あは〜…♡そんな細い身体で…雛菜に勝てるわけじゃないですか〜……!!」
愛依「くうぅうッ…!!この…離せッ!!」
両手は組み合いでふさがっている。
ならばと、頭を振りかぶり、勢いよく前方に打つ。
愛依の頭突きは見事に突き刺さり、ゴン!!と再び鈍い音が、雛菜の顔面から響く。
雛菜「ごッ…!!?この…!顔ばっか…!」
愛依「離せよ…!どけぇっ!!」
雛菜「ん゛ッッ!?」
愛依「力じゃ勝てない…なら…!殴り倒す!!」
刹那、拳の応酬。
顔を抑え怯んだ雛菜に、愛依は加減など知らずに殴りまくる。
恐るべきはその速さ。
愛依自身は力は強い方ではないし、運動神経も良い方ではない。
だが、あの芹沢あさひのダンスに着いていくために、レッスンだけは人一倍やり込んでいる。
日々猛スピードのダンスレッスンを繰り返していたおかげで、今の愛依の身体のスピードは、雛菜には追いつけない。
凄まじいスピードで、雛菜に拳を放ち続ける。
愛依「ハァ!ふッ!!シュッ!!らぁあッ!」
雛菜「ぐふッ…!?うぐ…!ぁあッ!ぐぁッ!!ん゛うぅッ!!」
あまりの勢いに雛菜は手が出せず、崩されるガードを繰り返すしかなかった。
愛依の速すぎる拳は、雛菜のガードをすぐに壊し、擦り抜け、確実に痛めつけていく。
気づけば屋上の柵まで後退する、が、なおも愛依は雛菜を殴り続ける。
それはあまりに一方的な1分だった。
人間を殴打する音と、雛菜の喘ぎ声だけが晴れた事務所の屋上で鳴り続ける。
愛依「ハァ…!ハァ…!このゴミクズッ…!!死ねッ!!死ねっ!!」
雛菜「うぶぅぅッ!!ん゛ぁあッ!!あ゛ぁぁッ!!!くッ……!!んぐぅうッ!!」
愛依「うちを…!!みんなを…舐めるな!!」
ゴッ!!
雛菜「ん゛あ゛ぅッ!!」
愛依の腰を入れた右フックが、雛菜の頬を吹き飛ばす。
思わず両目を瞑り、勢いのままに身体を傾かせた。
そして雛菜の肢体は勢いよく地面に転がり、うつ伏せに倒れ伏せて激しく息を乱す。
雛菜「ハァッ…!く…!ハァ!ハァ!…はぁ…!」
愛依「はぁはぁ…!どうだ…!!雛菜ちゃん…!」
雛菜「あ〜〜……冬優子先輩のが強いですね…」
愛依「……え?」
宣言通り、相手を殴り倒した。
愛依のフックを受けて倒れた雛菜は、激しく息切れし、汗を垂らし、顔もいくつか痣が膨れ上がっていた。
勝ったと確信した。
人生で殴り合いの喧嘩なんてしたことは無かったが、怒りに身を任せて、レッスンで培った身体を暴力に使って。
自分よりも歳下で、後輩の女の子を殴り倒したこの時、罪悪感よりも快楽を覚えた。
ダンスやライブで優劣をつけることはあったが、それはあくまで企画。
今は、自分のユニットを苦しめた憎き相手との本気の戦い。
それに完全に勝利したと、あたしの方が強いと、そう思い込んでしまった。
しかし、それも一瞬で恐怖に変わる。
確かに雛菜は苦痛に満ちた顔をして倒れた。
その数秒後、今目の前に立ちあがった少女は、既に呼吸ひとつ乱れていない。
雛菜「冬優子先輩は雛菜より弱かったですけど〜〜……雛菜がキレるぐらい殴り合ったんですよ」
まあ結局、雛菜がボコボコにしたんですけどね〜といつもの調子で微笑み、おどけてみせる。
敢えて余裕を見せつけるように丁寧に、ゆっくりとした動作で、汚れた制服をはたいていく。
袖をまくったブラウスから出る腕にまとう筋肉は、15歳とは思えぬ程に引き締まっていることに、今まで愛依は気付かなかった。
雛菜「でも愛依先輩じゃ……雛菜を怒らすことすら出来ないですね〜」
愛依「は……?何言って……」
雛菜「あ〜〜…でも、ふつーに苛つきはしてるんで………ボコボコにするのは変わらないんですけどね〜」
愛依「今……倒れてたじゃん……!なんで…?」
ほんの数秒前まで激しく息切れして倒れ伏せていた雛菜は、既に普段通りの振る舞いを取り戻している。
さっきのは演技には見えなかった。
なら、このわずか数秒で回復したと言うこと?
それもありえない。普通の人間なら、一発殴られただけでも痛みが残る。
疑問でしかない。
だが、雛菜はそれに答える気はないようだった。
雛菜「パンチ速くて正直びっくりしましたけど〜…そっか〜〜ストレイライトってダンス速いですもんね〜〜」
愛依「……ってかさ…なんで…普通に立てるの……!」
雛菜「でも速いだけでしたね〜…冬優子先輩はちょっと重かったですけど…」
愛依「ねぇ…聞いてんだけど……!」
雛菜「あ!!!!!」
雛菜は突然何かを思い出したように、踵を返す。
疑問を投げかける愛依を無視し、小走りで屋上の出入り口へと向かう。
この決闘配信を中継しているカメラに笑顔で近寄り、笑顔を浮かべた。
雛菜「みんなお待たせ〜〜〜今度は雛菜の番だからね〜〜♡」
汚れて乱れた制服。
ボサボサの髪。
痣だらけでメイクも落ちた顔。
雛菜はそれらを惜しげもなく、時にカメラレンズに触れる程までに近づき見せつける。
雛菜「ここ腫れちゃってるけど〜冷やせば治るかな〜〜?あ、喧嘩はやめないよ〜?まだまだやりま〜〜す♡」
いくら汚れようと傷つこうと、雛菜はカメラの前ではアイドルを崩さない。
何があっても雛菜は変わらない。それはアイドル業が全盛だった頃から貫いて来た。
その姿勢に、配信先のコメントも多いに沸いた。
『偽物ばっかのストレイライトとは大違いだな』
そんな心ないコメントが流れたことは、雛菜も愛依も知る由もない。
いつも通りのファンサービスを終え、雛菜は再び踵を返す。
カメラに背を向ければ、雛菜の表情は配信されない。
その突如として雛菜の笑顔は消え、無表情に整然とこちらを見続けながら近づく雛菜に対し、愛依は後退ることしか出来なかった。
その瞳は、獲物を見定めた猛獣のようだった。
雛菜「じゃあ……再開しましょっか、愛依先輩」
愛依「っ…!!来ないで…!来ないでよ…!」
雛菜「え〜〜さっきみたいに殴ってこないんですか〜〜?」
一歩一歩、体重を込めて地面を踏み締めながら歩く雛菜を見て、愛依は確信した。
アイドルを始め、レッスンを本気でやるようになってからは自分なりに筋肉や鍛え方を勉強したことがある。
ユニットメンバーに置いていかれないように、踊り方を根本から見直すために、拙いものではあるが人体について調べた時期があった。
だから、頭に登った血が冷えた今、なんとなく分かる。
調べた身体の知識と、自分の第六感が確信している。
雛菜の重心。体重。肩幅。筋肉。柔軟。歩き方。構え方。動作の仕方。呼吸の仕方。
どれを取っても、先輩であり歳上である筈の自分よりも、遥かに優れていることに。
雛菜「逃げないでくださ〜〜い♡」
愛依「ひっ………!」
例えるなら食物連鎖。
生物学的に自分の上位に君臨しているような、絶対に敵わないと愛依はいやでも理解した。
愛依「あ……!いや…!ちょっ……待った…!」
さっき食らった両手突きも、冷静になった今になり思い返すと、とうてい素人が出せる技とは思えない。
そもそも両手突きなんて普通発想すらしないだろう。
それを雛菜は、愛依の速すぎる拳を避けながら打ち、事実愛依を数メートルも吹き飛ばしたのだ。
頭に血が昇っていた時は気づけなかった。
近づいてくる後輩で歳下の女子高生は、圧倒的な捕食者だった。
自分は、猛獣に狩られる側の弱者だと言うことに。
愛依「勝て……ない………!!」
雛菜「へ〜〜〜?」
近づく雛菜から逃げるように更に後退る。
だが、もう背後は屋上を囲う柵。
逃げ場は存在しない。
そもそも、この猛獣から逃げられる気がしない。
雛菜「逃げようとしてます?愛依先輩〜〜ダメですよ〜〜自分だけ殴って逃げようなんて……雛菜ばっかり殴られちゃってかわいそうですよね〜〜」
愛依「あっ…!ごめ…っごめん……!!謝る…!ごめん雛菜ちゃん…!謝るからぁ…!うち……なんでも……!」
雛菜「………あは〜」
涙目で怯える愛依の金髪を、雛菜は優しくゆっくりと掴む。
そして耳元で囁いた。
雛菜「雛菜……ファンのみんなに嘘はつきたくないので………さっき言った通り……潰しますね…お腹」
その刹那、雛菜の膝蹴りが愛依の腹筋をブチ抜く。
愛依「おぶッッ」
雛菜「離しませんよ〜……潰すんで」
雛菜は愛依を力づくで抱え込む。
抵抗されようが構わない。力比べなら絶対に負けないのだから。
ドスッッッ!!!ドスッッッ!!!ドスッッッ!!!ドスッッッ!!!ドスッッッ!!!
膝を何発も腹に叩き込む。
愛依「お゛ぅッ!!んぁッ!!?お゛ッ…!!うぐぁ…!があぁッ!ぐっうっ!!うっ!!ううッ!!う゛ッ!!あ゛あぁッ!!」
勢いで捲れあがるスカートから見える雛菜の太腿は、まるでアスリートのように太く、引き締まり、すべてが筋肉でできているようだった。
特別なトレーニングで鍛えているわけではない。
天性の肉体だった。
運動神経が抜群にいいわけではないが、筋肉の質・密度・量、全てが他者より上回る。
雛菜「ふッ!!!おらッッ!!!」
肉食動物のような筋肉、それも人間の中で最も太い筋肉から繰り出される膝蹴り。
多少トレーニングしているとはいえ、ただの女子高生である愛依が耐えられる筈もなく、口から吐瀉物が大量に撒き散らされる。
愛依「お゛ッ……!!!ぉおおお゛おぉッ……!!!げぅううぅっ……!!」
雛菜「あは〜〜〜自分で掃除してくださ〜〜い」
愛依「ぐぶぅぅうッ…!!」
愛依は力なくうつ伏せに倒れ伏せる。
自分の吐瀉物に顔が浸かろうと、痛みと苦しみでそんなものに意識する向かない。
執拗に腹を壊され、上手く息も出来ていないようだった。
のたうち回る愛依の後頭部を、ローファーで強く踏みつける。
雛菜「冬優子先輩もこうやって潰したんですよ〜……?あの人、本当に頑丈だったんで、お腹潰すしかなかったっていうか〜〜」
愛依「おッ……!!ん゛ん……!!」
雛菜「苦しいですか〜〜?」
ゴリゴリゴリ、と愛依の顔面を吐瀉物に擦り付ける。
腹を両手で押さえるも、まだ口から液体が出てくる。
腹筋が破壊され、立ち上がる力も入らない。
意識も薄らいでいるような気がする。
何より、怖い。
目の前にいる捕食者が、怖くてたまらない。
雛菜「やめて欲しかったら〜〜ギブしてください♡弱い人をいじめる趣味は雛菜にも無いんで〜〜」
愛依「…ギブ……!ギブ…!!やめ…て…!」
雛菜「……へ〜?」
雛菜はここに来て初めて面食らう。
愛依の口から出たのは予想もしない答えだったから、思わずまごついてしまう。
頭を踏んでいた足を外し、膝を折りしゃがみ込んだ。
雛菜「……愛依先輩が負けたら〜……冬優子先輩の仇も取れないし〜…あさひちゃんも雛菜がボコボコにしちゃいますよ〜?」
愛依「ギブ…!だって……!!もう…!無理……!ぅぐっ…!ギブぅっ…!!」
雛菜「………あは〜」
涙と鼻水、それと自分が吐き出した液体に浸ってしまう愛依は、身体も心も壊されていた。
相手が同じ事務所の仲間だとか、後輩だとか、そんなことはどうでもいい。
ストレイライトの仲間がどうなろうと知ったこっちゃない。
今はただ、この恐怖から一刻も早く逃げ去りたい。
壊された今の心で考えられるのは、そんな身勝手な願いだけだった。
雛菜「………じゃあ、落ち着いたら行ってくださいね〜…病院」
嘔吐物まみれの中、涙声で嗚咽と懇願を繰り返す愛依に同情したのか、雛菜はそれ以上の攻撃をすることはなかった。
ブラウスのボタンをしっかりと止め、腕まくりを直す。
スカートの汚れをはたき、長さを調節し、最後にスマホを見ながら髪の毛を整えた。
まるで朝学校に出発するかのようなごく自然な動作。
そこに先程までの雛菜の暴力性は完全に消え失せていて、その姿はただの女子高生に他ならない。
最後に、喧嘩前に放り投げていたカーディガンを着直し、配信しているカメラに駆け寄った。
雛菜「みんな見てた〜〜?雛菜の勝ちで〜す♡」
カメラに笑顔を見せた後、自分のスマホで配信サイトにアクセスする。
雛菜「え〜〜?怖いって何〜?雛菜かっこよかったでしょ〜〜?」
雛菜はアイドルである限りは決してアイドルを崩さない。
口調も、表情も、全部ありのままであり、それが雛菜とファンにとっての理想のアイドル像。
笑顔も仏頂面も、全部本物の雛菜。
だから、偽物だらけのストレイライトが大嫌いだった。
でも、そんな私情は表に出さない。
雛菜は雛菜が幸せだと思うことしかやらないから。
雛菜「ちょっと疲れちゃったから帰るね〜〜これアーカイブとか残らないと思うから…みんなしっかり覚えといてね〜♡ばいば〜〜い!」
スマホで配信サイトを視聴しながら、雛菜は愛依を置いて屋上を去る。
そしてカメラから自分の姿が完全に消えたのを確認し、一気に表情を濁した。
雛菜「…………ッてぇ………」
腫れてしまった顔を抑えながら、雛菜は勝利の美酒に酔う間もなく、人目を気にしながら事務所を後にした。