「べき」とか「みんなは」とか | SPIRIT HARMONY

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些細な日常から世の中に対しての叫びまで、思いのままに書き綴ります。共感してくれると嬉しいなぁ♪

たまたま読んだブログに、
「気付けば45歳、“べき”とか“みんなが”とかを手放して、自分の感覚に正直に生きたい」
という記事があった。


自分も40歳になり、人生80年としたら折り返したことになる。
成人までは自身の成長の為の下積みだし、そこからは多くのことを背負って努力を重ねた20年だったように思う。

もちろんこれからも成長していくし努力もしていく。
ただ、後半戦はもう少し楽に自分らしく生きていいのかとも思う。


仕事では営業所の責任者を任されているけど、これより上の立場を目指すつもりはない。
今の役割は全力で取り組むけど、守りに入ったり固執したりせず、ハッピーな職場創りを楽しくやりたいと思う。


あとは、ずっと引き連れてきた長男が春に高校を卒業すれば、父親業一区切りだと思っている。
生涯父親であり続けるのは間違いないけど、人対人って付き合いに移行していかなくてはいけないし。

はっきり言って子供好きではない自分なりに、自分なりの父親像を追究して必死にやってきたこの18年。
そんな闘いからも退き、自分らしく気楽にやっていければと思っている。


もともと多数派とか根拠のない常識とかに興味もないんだけど、似た世代の人が同じようなことを言っていると励まされるなぁ。
『自分の感覚に正直に生きたい』、激しく同意です。